先ほどまでの賑やかさが嘘のように、部屋の中は静まり返っていた。
朱里は思わず忍び足で部屋の中へ向かう。
天井からぶら下がった鮮やかな紙の輪飾りの下、うつむきがちの華奢な背中が見えた。
その背中は所在無さげに、綺麗に片付けられた机の側に佇んでいた。
細くて白い指がすうっと机の上を撫でている。
何と声をかければいいのか悩んだ末、朱里はわざと大きな足音を立てて近づく。
突然破られた静寂に、小さな背中がこちらを振り返った。
さらりと流れた髪の毛の奥には、驚いた顔がのぞいている。
「しゅ、朱里さん」
音が聞こえてきそうなほど目をぱちくりさせる小夜の前まで行くと、朱里は不躾にも持っていた包みを前に突き出した。
「何も言わずにこれを受け取れ」
「え?あの、えと…?」
さらに小夜の目が大きく丸くなる。
「お前にこれをやるって言ってんだよ。ほらっ」
なかなか受け取ろうとしない小夜に、半ば無理やりその胸に押し付ける形で包みを渡すと、すぐに朱里は仏頂面でそっぽを向いた。
目の端に戸惑う小夜の姿が見えたが直視はしない。
包みと朱里に交互に視線を向けていた小夜が、ふいに「あっ」と声を漏らしたのはすぐ後のことだった。
「もしかしてこれ…クリスマスの…?」
朱里を見るが、彼は視線を外したまま答えようとしない。
それでも小夜には、自分の予想が外れていないことが分かった。
そっぽを向いた朱里の横顔が、ほんのかすかに上気していたからだ。
思わず自分の頬も熱を帯びてくるのを感じつつ、小夜はベッド脇に置いていた包みを持って朱里の元まで駆け寄った。
朱里が何事かと小夜に再び視線を戻す。
「はいっ、私からも朱里さんへクリスマスプレゼントです。どうぞ」
笑顔で差し出された包みを、朱里は目を丸くして受け取った。
それを確認すると、小夜は自分がもらった包みに目を戻した。
「これ、さっそくここで開けちゃってもいいでしょうか?」
「あ、ああ」
嬉しそうにまるで幼い子どものように包みの中に手を突っ込む小夜にならって、朱里ももらった包みの封を切る。
「あれっ」
「えっ」
間の抜けた声は、二人からほぼ同時に発せられた。
朱里が包みの中から取り出したのは、深い海の底を思わせるような群青色の毛糸の手袋だった。
そして小夜が包みから取り出したのもまた、色は違えど淡い桜色の暖かそうな手袋。
二人は色違いの、まったく同じ手袋を手に握ったまま、互いに顔を見合わせる。
「お前、これどこで…!?」
「朱里さんこそ、どうしてこれを?」
わけが分からないといった風に、相手の顔をまじまじと見つめる二人だが、ふいにその片方から笑いが漏れた。
「なんかすっげえ偶然だな、これ」
堪え切れない笑いに軽く手を口に当てたまま、朱里がわずかに歯をのぞかせた。
「旅の邪魔にならなくて今の季節にちょうどいい物ってことで、俺はそれを選んだんだけど、まさかお前もこうくるとはな」
小夜も同じ手袋を持ったまま笑顔をこぼした。
「私も、寒いのがお嫌いな朱里さんに何か暖かい物をと思いまして。でも本当にすごい偶然ですよね」
「こういうことがあると、やっぱりお前って俺の相棒なんだなってしみじみ思うよ」
ふふっと笑って、小夜が両手に握った手袋を胸元に抱き寄せた。
「朱里さん、素敵なあったかいクリスマスプレゼントをありがとうございます。一生の宝物にしますねっ」
幸せそうに目を閉じて手袋を抱き締める小夜の表情に、朱里はそれまでの不安が霧散するのを感じた。
アールのプレゼントに比べたら、自分の用意した物は屑だ。
卑屈になっていた気持ちが嘘のように、今は晴れ晴れとしている。
やっぱり渡してよかった。
小夜の微笑みに救われる気さえして、朱里は無言でその顔を見つめた。
今ならアールの残した言葉の意味が少しだけ分かる気がした。
“小夜様にとっては、他の誰でもない君からプレゼントをもらえる、ということが大切なんじゃないのかな”
大切なのは何を渡すかじゃない。
自分がどんな気持ちや思いを込めて選んだ物なのかが何よりも大切なんだ。
朱里は日ごろ小夜に対して持っている感謝の意を言葉に表すことができない代わりに、その思いをプレゼントに託した。
朱里の思いが伝わったからこそ、小夜はこうして嬉しそうに笑ってくれているのではないか。
そして自分も同じように。
温もりを与えてくれる手袋の存在を握った手の平に感じながら、朱里も小さく笑みを浮かべた。
「ありがとな、小夜」
8/10