小夜の部屋の前までくると、小夜が真剣な顔で後ろを振り返った。
「準備はいいですか?朱里さん」
「あ、ああ。たぶん」
その迫力に気圧されて、朱里も訳が分からないなりに頷いてしまう。
小夜はそれを確認すると、思い切り部屋の扉を解放した。
途端に中の様子が朱里の目に飛び込んでくる。
「おおっ、すげえ」
思わず感嘆の声を漏らすと、小夜が嬉しそうに朱里の手を引いて中に招き入れた。
部屋の中にあるのは、備え付けのベッドと木製の机。
これは変わらない。
朱里を驚かせたのは普段は決してあるはずのない、机の上に広げてある物と、天井の至るところからぶら下がっている物だった。
赤、青、緑、黄、色とりどりの紙を繋げて帯状にした物が天井付近を華やかに飾っていた。
そして机の上にあるのは、豪華な食事の数々だ。
その内容は、先ほど下の食堂で旅人たちが食べていたものより幾分も高価そうだった。
「すっげぇ。お前これ、一人で準備したのか?」
すっかりパーティー仕様になった部屋の様子を見回しながら、朱里が呟いた。
小夜は後ろで手を組んで、まるで子どもが隠し事を暴露するときのような自慢げな笑顔を浮かべたまま首を振った。
「実はですね、もう一つ朱里さんが驚かれることが…」
言いかけたところで、ふいに背後の扉が開かれる。
朱里が驚いて振り返るとそこには、
「やあ、お久しぶりだね。朱里くん」
「…げ」
にっこりと笑顔で手を挙げるアールの姿があるのだった。
小夜の話によると、どうやら今までアールと協力して部屋の飾りつけや食事の用意をしていたらしい。
ちょうど準備が済んで小夜が階下へ降りようとしたところ、タイミング良く帰ってきた朱里と出くわしたというわけだ。
「アールがいなかったら、きっとこんなに素敵なパーティーはできなかったです!」
無邪気な笑顔で両手を合わせる小夜を横目に、朱里は自分の足元にそっと目を移した。
アールとの再会に軽く挨拶を交わした後、何が一体どうなったのか気付けば三人で食卓を囲む羽目になっていた。
今は豪華な料理が並んだ丸いテーブルに三人そろって座っている。
(…こんなはずじゃなかったのにな)
足元に隠すように置かれた包みを眺め、朱里は前で楽しげに笑い合う小夜とアールの顔を順に見た。
(…本当だったら俺があいつと笑ってるはずだったのに)
目の前には滅多に食べられないような料理が山ほど並んでいる。
それなのに朱里は先ほどからほとんど手をつけていない。
両手にはナイフとフォークを握っているのだが、テーブル上に固定されたまま一向に動く気配もない。
そもそも視線が足元や小夜たちにばかり注がれていて、とても料理など眼中にないようだった。
朱里が再び足元に目をやったときだった。
「朱里さん?ご気分でも悪いのですか?」
自分の名を呼ばれて、慌てて朱里は顔を上げる。
そこには自分を心配そうに見つめている小夜の顔があった。
「えっ、いや別に…」
「ですが、先ほどから全然料理を召し上がっていないようですし…。もしかしてお腹が痛いのですか?」
「ちっ、違ぇよ!」
悲しそうに細められた小夜の目に、朱里が慌ててフォークをサラダに入っている野菜に突き刺す。
「うん、ほら旨いよ。うん」
引きつった笑顔で咀嚼してみせると、なぜか小夜が唖然とした顔をした。
「朱里さん、今の……ニンジン…」
その一言に、自分の口内にある野菜の味と香りが一斉に広がり溢れる。
思わず口から吐き出しそうになるのを小夜とアールの視線が押し止め、涙目になりながらも朱里はなんとかニンジンを飲み下すことに成功したのだった。
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