「…朱里さん、どこに行かれたのでしょう」
窓の縁に腕を乗せて両手で頬杖をついたまま、小夜は灰色に濁った空を眺めていた。
外からはにぎやかな笑い声が聞こえてくる。
この中に朱里の声が混じっているかもしれない、と小夜はしばらくじっと耳を澄ませていたが、それも無駄な努力に終わった。
今はこうしてぼんやり窓の外を見ていることしかすることがない。
朱里が行き先も告げずに宿を出ていってから、もう三時間は経っていた。
徐々に空も暗くなってきている。夕暮れが近いのだ。
「…どこに行かれたのでしょう…」
二度目になる台詞を漏らして、小夜は小さく息をついた。
冬の時期は日が傾いてから夜になるまでが早い。
このままでは朱里が戻ってこないうちに日が落ちてしまう。
…今日は聖夜なのに…。
そっと視線を落とすと、目元に睫毛の影が生まれた。
…今夜はずっと一緒にいられると思ったのに…。
振り返った先には木製のテーブルがあった。
その上に置かれた綺麗な包装紙に包まれた物を見て、小夜は悲しげに目を細めた。
「…早く帰ってきてください…」
「――これは?これだったら女が喜びそうか!?」
レンガ造りの一軒の雑貨屋の中から、なんとも必死な色を帯びた少年の声が響いてきた。
中には大きな棚が幾つも並んでおり、そこに所狭しと様々な雑貨が飾られている。
そのちょうど入口から見て一番奥の棚に、声の主である少年と店主らしき老爺が立っていた。
「あ、あのですね…」
「これも駄目か!?じゃあこれは!」
明らかに困惑顔をした老爺の眼前に、少年は側の棚から引っこ抜いた熊のぬいぐるみを突き出す。
反対側の手にはウサギの人形が握られていた。
「お、お客さん…ちょっと落ち着かれてはどうでしょう?まずはお相手の好みをお聞かせいただければ…」
両手を前に出して老爺がなんとか提案すると、朱里は一旦ぬいぐるみを掴んだ手を下げた。
「あいつの好み…?うーん…」
顎に手を当てて考え込む。
(…たぶん可愛い系の物は、わりと好きなはずだよな。後は……食いもんか)
「おそらく…可愛い食い物が好きだ」
「た、食べ物ですか…」
「ああ、食い物。なんかあるか?」
老爺はとりあえず周囲を見回してみるが、ここは雑貨屋である。
当然のごとく食べ物など扱っているはずもない。
「あいにくですが、うちに食べ物は…」
「なんだ。ないのかよ」
がっかりと音が聞こえてきそうなほど肩を落とした朱里が、店を後にしようとしたときだった。
「今回の贈り物はお相手へのクリスマスプレゼントとしてでしょうか?」
先ほどの老爺が控えめな調子で話しかけてきた。
朱里がうなずいてみせると老爺は人差し指をぴんと立てて、
「でしたら、ずっと後にも残る物がよろしいかと存じます」
「後に残る物?」
「はい。お相手の方が食べ物を好まれるのは承知しましたが、それですと食べてしまえばそこで終わりです。普段の贈り物としてならそれで良いかもしれませんが、どうせならクリスマスは特別な物を贈りたくないでしょうか?」
特別な物、と聞いて朱里は思わず何度も首を縦に振った。
それを見た老爺が頬を緩めて手を店内に差し示す。
「ではもう一度、ゆっくり一緒に探しましょう。お相手に一番喜んでいただける素敵なプレゼントを――」