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聖夜の奇跡
「──もうあれから一年が経つんですね」
そう言って笑うお前を見て初めて、今年もこの季節が近づいていることに気付いた。
厚い灰色の雲に覆われた空を見るともなしに眺めながら、朱里は人通りの多い大通りを一人歩いていた。
肌を刺すような冷たい空気の中、すれ違う人々は皆一様に幸せそうな笑みを湛えている。
どの顔もこれから訪れるだろう幸福な一日に浮き足立っているのだろう。
もしかしたら今の自分も、他人から見れば同じような顔をしているのだろうか。
無意識のうちに手で口元を触って確かめてしまった。
朱里は今まさに、探し物の真っ最中だった。
とは言っても、自分のための探し物ではなかったが。
「…何だったら喜ぶかな、あいつ」
通りに立ち並ぶ店々のショーウィンドウには、クリスマスに向けて贈り物の類が華々しく飾り立てられていた。
細かい模様の彫られた小さな陶器のオルゴール。
色とりどりの宝石がちりばめられた繊細なネックレス。
通りかかった花屋の前には、真っ赤なバラがこれでもかと言うほど水入れの中でひしめき合っている。
とにかく町も人も全てが、クリスマスというたった一日だけのために今を動いている、そんな感じだった。
去年までは全然こんな感じじゃなかったんだけどな。
朱里はかすかに首を傾げた。
実は朱里がクリスマスというイベントの存在を知ったのは、ほんの一年前のことだった。
雪山で遭難したことがきっかけで、そのとき初めて小夜からこんな行事があると教えてもらったのだ。
クリスマスの存在を知るまで、朱里にはこの時期の町の変化など目にも入らなかった。
おそらく独りで生きていくのに必死で、町の様子に目を向ける余裕もなかったのだろう。
だけど不思議だ。
朱里はにぎやかな通りの様子に目を細めた。
目線を変えるだけで、世界はこんなにも輝いて見える。
それどころか、自分の心までもがどこか弾んでいるのに彼は気付いていた。
これも全部小夜のおかげなのだろう。
改めて感謝を口にするつもりはさらさらないけれど、と思いつつも朱里は小さく笑みを漏らした。
「さあて、あいつへのプレゼント、そろそろ決めなきゃな」
両腕を頭の後ろで組んで、朱里は人が行き交う大通りを歩いていった。
特に、プレゼントがほしいと催促されたわけではない。
小夜はただ、近づいてくるクリスマスという日に嬉しそうな微笑みを浮かべただけだった。
もし朱里が「何がほしい?」と尋ねたとしても、小夜は小さく首を振って笑うだけだろう。
「朱里さんがお側にいて下さるだけで十分です」
そんなことを言うに違いない。
確か去年も似たようなことを言っていたし。
だが朱里は嫌だった。
クリスマスにはプレゼント交換をしたりする、と教えてくれたのは小夜だ。
ならばそれに則ってプレゼントを贈ってやりたいと思うのも当然のことではないか。
もっとも朱里の場合は、他に理由があるのだが。
「…あーくそ。こう物が溢れてると、何買えばいいんだか訳が分かんねぇ」
軽く店を睨みつけながら、朱里は毒づいて足を止めた。
宿を出てから早一時間は経とうとしている。
にもかかわらず、朱里は未だ手ぶらのままだ。
「あぁああ!どうすりゃいいんだよ!!」
乱暴に頭を掻きむしる朱里の姿を通行人が物珍しげに見ていくが、本人はそれにすら気付いていないらしい。
深刻そうに腕を組んで、朱里は仏頂面を空に向けた。
「…あいつが欲しい物…、あいつが欲しがりそうな物…。あいつが…笑ってくれそうな…」
ぶつぶつ呟いていたかと思えば、急にぴたりと口を固く閉じたまま身じろぎ一つしなくなる。
空を睨みつけたまま動かない少年を誰もが不思議そうに眺めていくが、声をかける者はいない。
触らぬ神に祟りなし。
まさにその言葉がぴったりなほど、今の朱里からは不機嫌な空気が漂っていた。
「…はああ」
おもむろにその口から重いため息が漏れた。
空から戻ってきた視線は、再び通りの店に向けられる。
「…とにかく探すっきゃねえよな。こんなとこで突っ立ってても仕方ねえ…」
よろよろと歩き出した朱里の背中は、そのまま通りの人ゴミの中に掻き消えていった。