窓の外から聞こえてきていた喧騒が、いつの間にかずいぶん小さくなっていた。

もう宴も終わりに近い。
町はそろそろ眠りに就く頃だ。


「遅くまで悪かったな。そろそろ部屋に戻るよ」

どうやら予想以上に話し込んでしまったらしい。
朱里が小夜の部屋を訪れてから早くも数刻の時が経っていた。

朱里は今まで着いていた椅子から立ち上がると、小夜からもらった包みを手に部屋の出口へ向かおうとした。

小夜が慌てて後を追いかけてくる。

「あっあの、朱里さんっ」

扉の把手をつかみかけたときだった。

「も、もしご迷惑じゃなければ、今夜は一緒にいていただけないでしょうか…」

恥ずかしそうに胸の前で両手を組んで、頬を赤く染めた小夜が懇願してきたのは。




淡い月明かりのベールが窓から静かに差し込む以外は何の灯りもない部屋の中、二人は並んでベッドに座り込んでいた。

胡坐を掻いて窓の外を眺める朱里のすぐ側には、小夜が肩の触れ合う近さにちょこんと正座して同じように外の景色を楽しんでいる。

「今夜はずっとこうして、二人でたくさんお喋りできたら楽しいですね」

恐らく小夜は今笑顔を浮かべているに違いない。

そう思って横を見ると、月の静謐な光に照らされて案の定その横顔は笑みを湛えていた。

「たまにはこういうのも悪くねえか」

「はいっ、悪くないですっ」

今夜は特別な夜だから。

互いに周知のことなのであえてわざわざ口にはしないが、今夜だけは一緒に過ごすことに意味がある。

今夜は大事な人と過ごす聖夜。

去年の今日はまだ知らなかったが、聖夜には互いに思いを伝え合い愛情を育むのだという話を朱里はつい最近聞いて知った。

小夜はこの話をすでに知っているのだろうか。

気付かれないようそっと横を盗み見る。

小夜は穏やかな表情を浮かべて外を見入っているようだ。

繊細な細い睫毛が時折小さく震えていた。

「あ、あのさ」

邪心を知らない無垢な瞳が朱里の顔を見上げる。

「…ず、ずいぶん静かになったよな、外」

小夜に見つめられて、思わず朱里は視線を外に逃がした。

本当はこんな話題を口にしたかったわけではないのに。

後悔する反面、自分が言わんとしていることが先に延びたという安堵感も胸によぎった。

何も知らない小夜は無邪気に微笑みを浮かべた。

「皆さんもうお眠りになったのでしょうか。先ほどまではあんなに楽しそうな声がここまで聞こえてましたのに」

小夜が笑うと、わずかに触れている肩から振動が届いて、小夜との距離を意識してしまい胸が波打った。

本当に、腕を伸ばせば簡単に手に入るほど近くに小夜がいる。

無防備に笑って自分を見ている。


朱里は高鳴る鼓動を落ち着けるため、何度も深呼吸しなければならなかった。

今夜は大切な人に自分の思いを告げる神聖な夜。

それならば自分もそれに則らなければなるまい。

日ごろ曖昧にごまかし続けてきた言葉を、せっかくなら今口にしたい。

(言うんだ…。とにかく言え…!)

自分に強く言い聞かせるものの、なかなか肝心の言葉は出てこない。

朱里が口を開かないため、先ほどからずっと沈黙が続いていた。

このままでは何もないまま夜が明けかねない。

(何ためらってるんだよ俺。たった一言じゃねぇか)

煮え切らない自分を自分で叱咤したい気持ちに襲われつつあった朱里の肩に、そのときこつんと振動が届いた。

驚いて横を見れば、すぐ側ほんの数センチ横に小夜の頭があった。

「……っ!?」

声にならない悲鳴を上げて飛び退こうとすると、すかさず小夜の体が倒れかかってきた。

慌ててそれを肩で支える。


どうやら小夜は朱里の肩に小さな頭を預けたまま、眠ってしまったらしい。

今日は部屋の飾りつけに奮闘していたと聞いたが、疲れもだいぶ溜まっていたのだろう。

本当ならば眠りたいところを、朱里と共にいたいという気持ちから無理して起きていたに違いない。

朱里が脳内で葛藤していて会話が途切れた際に、とうとう眠気に負けてしまったらしかった。


自分の肩でかすかな寝息を立てる小夜に、朱里は思わずふうと息を漏らした。

肝心の相手が眠ってしまったのではどんなに言葉を尽くしても何も伝わらない。

今夜はこのまま静かに時を過ごせそうだ。



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