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終 章
終わりと始まりの話
日が昇るとともに小夜は再び王の元を訪れた。
今度は王も部屋にいて、もうすでに着替えも済ませているようだ。
「ああ、君か。ずいぶんと早起きなのだな。紫音はまだ寝ているだろうに」
小夜は頭を下げると口を開いた。
「あの、少し訊きたいことが…」
だが王の言葉に途中で制される。
「すまないがこれから忙しくなるのでね。話はまたにしてくれないだろうか」
「あ、はい。何かあるのですか?」
小夜の問いに王はにっこり笑って答えた。
「戦争だよ。これからちょっとマーレンにね。ああ、君の国だなマーレンは。あそこをそろそろ支配下に置きたいと思ってね」
え、と小夜の動きが止まった。
「11年前だったかな。あの頃にも一度戦っているのだが、そのときのマーレンは恐ろしく弱小でね…まったく戦っている気がしなかったものだが、今はずいぶんと豊かになっている。これから戦うのが楽しみだ」
「どういう…こと、ですか?戦争?…え、だってハンガル国とマーレン国は私と紫音さんの結婚で友好条約を結んだはずでしょう?その国同士が戦争なんて…」
くすくすと王は笑っている。
「たとえばだ。君は君の友人とたまには言い争いや喧嘩をすることだってあるはずだろう?そのようなものだと考えればいいさ」
冗談ではないのだ。
本気でハンガル王は戦争を起こそうとしている。
小夜の体がかすかに震えた。暑くもないのに背中にじっとりと汗をかいている。
「君が心配することはない。この城にいれば安全だ。あっという間にすべてが片付くさ」
王が窓の向こうを眺めながら言う。
その背中を見つめていた小夜は、息を吐き出すように声を絞り出した。
「…そうやってまた人を殺すんですね。私から今度はお父様を奪うんですか…?」
何の感情も持たない目で、王はうつむく小夜を見下ろしてきた。
「そうだ」
その言葉に小夜の中の何かが壊れた。
両手で王の服を掴んで揺さぶる。
「やめて!やめてくださいっ!!」
見開いた目の端から涙がこぼれた。
「こんなことっ…何の意味があるんですか…!?どうして罪のない人を殺せるんです!?お願いですっ、これ以上……これ以上私から何も奪わないでっ……」
しかし王は小夜の手を軽く払うと、何も言わず部屋を出ていってしまった。
小夜はその場に膝から崩れ落ちる。
目からこぼれた涙の滴が床を濡らした。
「…どうすれば…いいんですか。お父様…私は」
誰も失いたくない。
独りになりたくない。
ふらつく足で立ち上がると小夜はそのまま部屋を出ていく。
それから数分後、無常にもマーレン国への砲撃は開始された。
「なんだぁ…!?」
「きゃあっ!町がっ…」
マーレンの城下町では人々が蟻の群れのように辺りを行き来していた。
しかしそこにいる誰一人として、この状況を把握できる者はいない。
町の至るところでは火の手が上がり、逃げ惑う人で道は埋め尽くされている。
「こっちだ!」
そう言って叫ぶ人の頭上に砲撃が直撃し、人はまるで塵のように四方へ吹き飛んでいく。
町はまるで地獄絵図のようだった。
城の塔からそれを見下ろして、マーレン王は一人押し黙っている。
「…ハンガルか…」
彼の耳に、国民の悲鳴がこだました。
遠くで何かが爆発するような音を聞いて紫音は目を覚ました。
何だろう、と窓の向こうを見回すが何も見えない。だがその間にも音は連続的に響いている。
彼はとりあえず部屋の外に出てみることにした。
「おい。誰か!」
しかし周囲には誰の姿もない。長い廊下に人影はどこにもなかった。
「いったいどうしたんだ?何が起こって…」
呟いた紫音の目に、向こうから歩いてくる人物の姿が映った。
その足取りはずいぶんと危なかしい。
「おい、お前!…小夜?」
それまでうつむいていた小夜は、ゆっくりと顔を上げた。
「あ…」
「どうしたんだ、小夜。顔色が悪いが…何かあったのか?どうして誰もいないんだ」
ふらつく小夜の肩を支えながら紫音は尋ねた。
その問いに小夜は、
「ハンガル王が…マーレンを…、お父様を…」
ぽつりぽつりと、言葉を紡ぎ出すように呟いた。
「分かった、僕は父上のところに行ってみる。小夜は部屋で休んでおくんだ。すぐに戻ってくるから」