「小夜?どうかしたのか?」
紫音は小夜の顔をのぞきこんだ。
「いいえ。あの、紫音さん…お兄さんはいい人でしたか…?」
「え?ああうん。とてもいい人だった。未だに兄が生きていて、父上から玉座を受け継いでくれたら、と思う。僕より兄のほうがずっとずっと良い王になるはずだったんだ」
しかしそう言って笑った紫音の顔を、小夜は正面から受け止めることができなかった。
紫音はどこまで知っているのだろう、と思う。
もしかしたら何も知らないのではなかろうか、とも。
この世界の中で紫音だけが汚れを知らないように、小夜には感じられた。
この日の夜、小夜は王の部屋を訪れた。
だがそこに王の姿はなかった。
部屋に戻ると、紫音がソファに体を預けて目を閉じていた。
寝息が聞こえるので眠っているのだろう。
「紫音さん、風邪を引いてしまいますよ。ちゃんとベッドで寝ないと」
声をかけると彼は目をごしごしこすり、
「ん…大丈夫…。小夜が戻ってくるまで待ってるから…」
小夜を侍女と勘違いしているようだ。
思わず笑ってしまう。
こうして見ると、まるで弟ができたみたいだと小夜は思った。
「小夜は私ですよ。ほら、もうベッドで寝ましょう。あっちのほうが気持ちいいですから、ね。紫音さん」
紫音はわずかに目を開け小夜の姿を確認すると、飛び起きるように立ち上がった。
「さ、小夜、戻ってたのか。すまない、起きて待っていようと思ったんだが…つい眠くてっ…」
慌てて弁解する紫音を見て、小夜はさらに笑ってしまった。
「謝らなくてもいいですよ。待っていただけただけで嬉しいです。さ、寝ましょう」
わずかな灯りを点したベッドの上で、二人は話をしていた。
「明日はここの城下町を案内しようか?きっと小夜が気に入る店がいくつかあるよ」
「本当ですか?楽しみです、おいしいお店もあるでしょうか?」
それを聞いて紫音は笑う。
「あはははっ、小夜は着飾ることよりも、食べ物のほうに興味があるみたいだな。いいよ、僕のお勧めの店が何軒かあるんだ。明日は食べ歩きだな」
「早く明日になってほしいですねっ」
こんな調子で二人の会話は夜中まで続いていた。
そして同じ頃。
「明日、決行だ」
暗闇に、王の声が響いた。
横で安らかに眠る小夜の顔を見ながら紫音は考える。
(明日はどんな日になるだろうか…)
そして口元に嬉しそうな笑みが浮かんだ。
(――早く朝にならないかな)
夜が明けるとともに始まるのは、果たして何なのか。
楽しいこと。
嬉しいこと。
悲しいこと。
辛いこと。
何はともあれ、間もなく朝がくる。