ここ最近どうにも駄目だ。
夜道を宿に向かって歩きながら朱里は思った。
つい先程彼はいつものようにトレジャーハンターの仕事をするために一軒の洋館に忍び込んだのだが、それが散々な結果に終わったのだった。
ぼうっとしていたのか、普段ならば引っかかることなどありえないトラップにことごとく引っかかってみたり、やっと宝に辿り着いたと思ったらもう既に誰かに先を越された後だったり、しまいには館を出ようとしたとき警備員に見つかってしまい、脱兎のごとくここまで逃げ帰ってきたという始末だ。
こういうことがもう三日も続いていた。
「なんでなんだろ……はぁー」
ため息をつきながら部屋に入る。そこは粗末なベッドと机しかない簡素な部屋だった。
すぐに音を立てるベッドに荷物を投げ出すと、朱里は窓を開け放った。
カーテンはついていなかったがここは三階なので問題ない。
彼はそのままベッドに横になった。
仰向けになって天井を見つめる。
(これからどうしよう、俺)
彼がいるのはマーレンといくらも離れていない町だった。
いい加減マーレンから出なければ、と思うのだがどうしても気が進まない。
せめてあと一ヶ月、と思ってしまう。
(あいつを捨てたのは俺なのに、俺自身は離れたくないなんて…けっこう女々しいんだな俺って。なんでこんなふうに感じるんだろ。あいつといたってろくなことなかったじゃねえか。うざかっただろ、あいつ。はっきり言って仕事の邪魔以外の何者でもなかったじゃねえかよ。何もないところで転んだり、知らない奴についていったり……常識のカケラもねぇ女…)
上半身だけ起こすとベッドが揺れた。
右手で胸を押さえる。
気持ちが溢れ出てしまいそうになるのを必死で堪えると、朱里は窓の向こうを見つめた。
(…なのに…)
脳裏に焼きついて消えないのは、ただひたすらにあいつの笑顔。
自分にずっと向けられていた、あいつの笑顔だけ──。
(なんでこんなに寂しいんだ…)
少女の笑顔を、自分はもう二度と見ることはないだろう。
だが忘れることもない。
それだけ深く焼きついている。
最近仕事に集中できない理由を朱里は知っていた。
小夜のことが気になって仕方がないからだ。
しかしそんなにも小夜のことを気にする理由を、彼はまだ知らない。
暗闇の中でチャリ、という金属の音が響いた。
「……?」
紫音が怪訝に思ってベッドの傍らの小さな灯りをつけると、闇の中に横たわる小夜の姿が浮かんだ。
寝巻きの前ははだけていて、白く透き通るような肌が露になっていた。
その首元に光る何かがあった。
「これは…」
小さな花びらのネックレスが、小夜の白さに負けじと光っている。
紫音の頭にある会話が思い浮かんだ。
"──ネックレスやったら喜んでたな。安モンだったのに"
「もしかしてこれ、あいつにもらった物か?」
ピクッと小夜の顔がそれに反応するのを紫音は見た。
「…やっぱりそうなのか。小夜、僕はお前にあいつのことを忘れろとは言えない。だけどせめて今は、今だけは僕だけを見ていてほしいんだ…」
紫音がそっと首からネックレスを外しても、小夜は何も言わなかった。
ネックレスは傍らの小棚の上に置かれた。
「あ、あと…灯りは消さなくていいだろうか。その、暗いと何がどこにあるのか全然分からなくて……あっいや、小夜が嫌ならすぐに消すがっ…」
小夜が「いいえ」と答えると、紫音はほっとしたように微笑んだ。
「よかった」