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「小夜様!」

呆然と立ち尽くす小夜の腕を門番の男が掴んだ。
町への入り口に二人はいた。

門番に保護された小夜の数メートル前方には朱里が立っている。

彼はそのまま元来た道を振り返ると、何もいわずに歩き出した。

小夜は門番の手を振り払い、朱里の元に走り寄ろうとする。

「朱里さ…」

「来るな」

ぴたりと小夜の足が止まった。朱里もその場で止まる。

二人の間にはおよそ五メートルの距離があった。

「それ以上近づくな。お前は城に戻るんだ」

突き放すような冷たい朱里の声に、小夜はその背中を見つめた。
いつもは必ず側にあった背中が今はずいぶん遠くに感じる。

「どうしてですか…?朱里さん」

震える声で小夜は呟いた。
朱里は振り向くこともせずに答える。

「分からないのかよ。邪魔なんだよお前」

ゆっくりと小夜の目が光を失っていく。

もし今朱里が後ろを振り向いたとしたら、その虚ろな表情に驚いていたことだろう。
だが朱里自身も振り向ける状態ではなかった。


小夜は心の奥底ではもう分かっていた。

ここでどんなに自分が何を言おうが朱里の意志は変わらない。自分は置いていかれるのだということを。

しかし口が勝手に開く。言葉があふれてくる。

「私…なんでもします。朱里さんがしてほしいこと全部します。お食事一緒でなくてもいいです。歩く早さを合わせてくださらなくても、荷物を持ってくださらなくても…」

目頭が熱い。頭では何を言っているのだろうと思っているのに止まらない。

その理由を小夜は知っている。

「もう一緒に寝たいだなんて言いませんっ…言いませんから…朱里さん、お願い…ですっ、側にいさせてください…」

──側にいたい。

祈るように小夜は朱里の返答を待った。


朱里はしばらく黙っていたが、

「…だから、そういうのが嫌なんだよ。もううんざりしてるんだ、本当に…。俺は一人がいいんだよ。分かったろ?お前はもういらないんだ」

小夜の中ですべての時が止まった。聞こえるのは"お前はいらない"という言葉。

どんどん朱里の背中が遠ざかっていく。

その姿を見つめたまま、小夜は立ち尽くす。

そしてその姿が完全に消えたとき、初めて彼女の目からぽろっと涙の粒がこぼれた。


もう側にはいられないのだ、と小夜は今度こそ理解した。




朱里は最後まで絶対に後ろを振り向かなかった。いや、振り向けなかった。

自分が平静な顔をできていないのも分かっていたし、何より振り向いてしまえば自分の意志が揺らいでしまうことも分かっていたからだ。

自分の気持ちはともかく、小夜のためにはこうするしかなかった。

小夜が心に傷を負っているのは知っている。
だがそれを自分との旅の中で癒すことは不可能だった。

傷を治すためには真っ向から対決しなければならないのだ。

小夜の場合は"アール"という人物に似ている紫音と向き合わなければ治せない。
そのためには自分という存在は邪魔だった。

小夜の幸せのために別れた。

だがしかし。


朱里は空を見上げる。


(どうしてこんなに…こんなに悲しいんだ…。まるで、胸に穴があいたみたいだ…)

朱里はぐっとこぶしを握りしめた。小夜の言葉が頭の中に響く。

"側にいさせてください…"


「…俺だって…」

握ったこぶしを額に押し当てて、朱里は目を固くつぶった。

「側にいてほしかった…。当たり前じゃねえか、そんなことっ…」

その場から逃げるように走り出す。残された木々の緑が、寂しそうにさわさわと揺れていた。


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