なぜこんなことになったのか分からないうちに、朱里と小夜は同じベッドに横になっていた。
「もっとくっついたほうが温かいですよ、朱里さん」
もぞもぞっと朱里のほうに体を寄せて小夜が言う。
仰向けになっている朱里の腕に小夜が抱きつくと、なにやら柔らかいものが腕に押しつけられた。
朱里は体をカチカチにして天井を見つめている。
その顔は湯でダコのように赤かったが、辺りが真っ暗なのが幸いして小夜には見えなかった。
「温かいですー…」
ほにゃあ、と顔を緩ませる。
朱里は何も言わずにコクンと頭だけうなずかせた。
彼に言わせれば熱いくらいだ。特に小夜がくっついている右腕。
「あ…そういえば朱里さん。初めて会ったとき仰っていたことを思い出しました。あのときはお役に立てなかったので…今なら頑張れます。どうぞっ」
「?」
朱里は小夜を見た。
なんだろうか、と考える。
(役に立つこと?なんだ?)
考え込む朱里に小夜が言った。
「えっと、確か、朱里さんが私の上にお乗りになって…」
(…こいつの上に乗って…?)
ぼんっ、と顔が熱で爆発しそうになった。やっと分かったのだ。
「どうぞ、朱里さん」
「な、何がどうぞなんだよ!ま、まま待てって!!あれはなー、その…」
腕に感じる柔らかい感触がさらに朱里の体温を上昇させる。
ふにふにっと当たるそれは、朱里が今まで触れたことのない感触だ。
(お、落ち着けよ俺!!こいつは何も分かってないで言ってんだから)
思いながらも彼は限界に達しつつあった。
「…私じゃお役に立てませんか…?」
ぎゅうっと小夜が腕に力を入れてきた。
朱里はたまらず小夜の細い腕を振り払い、彼女の体の上に乗りかかっていた。
朱里の下で小夜が目をぱちくりさせてこちらを見ている。
(何やってんだ俺!やめろって!)
しかし朱里の意志とは反対に、体はそこから動こうとはしない。
どくんどくんと、自分の激しい動悸だけが耳に響いている。
わずかに震える手を、朱里はゆっくりと小夜の寝巻きのゆるやかに隆起した部分に近づけた。
いっそう心臓の音が大きくなる。
「朱里さん」
突然の小夜の声に、朱里はびくっと手を離した。
見ると小夜は横の窓のほうを向いて微笑んでいた。
「見てください。すごくきれいなお月様です…」
そんな小夜の顔が月の光に照らされた。
窓を見ると満月が一点の曇りもない空に浮かんで光を放っていた。
それを見て小夜は無邪気に喜んでいる。
朱里は息をひとつ吐くと小夜の横に仰向けになった。
「朱里さん?どうしたんですか」
「やめた。やっぱ駄目だよな、こうゆうのは。いいか言っとくけどな、こういうことは誰とでもするんじゃねえぞ。本当に好きな奴とやることだ。分かったな」
「私は朱里さんのこと好きですよ?」
目をぱちくりさせて小夜が言った。
「そういう"好き"じゃなくてさ、なんつーか…うまく言えねえけど簡単にすることじゃねえんだよ。自分の体大切にしろよな」
小夜はよく分かっていないようだったが「はい」と返答した。
そして朱里の腕に抱きついてくる。
「…なんでお前、そんなに右腕にくっついてくんの…?」
それに小夜がにこっと笑って、
「朱里さんが大好きだからですっ」
「あーそう…」
しばらくすると朱里の横から寝息が聞こえ始めた。
小夜がなんともあどけない顔で眠っているのだ。
「…無知ってかなり罪だよな…」
腕を小夜からほどくこともできず、朱里はぽつりと呟いた。
もちろん、まったく眠れなかったことは言うまでもない。
(…眠い…)
はっきりしない頭で朱里は窓のほうを見た。
それと同時に横で眠る小夜の顔も視界に入る。
もう外はすっかり明るい。
自分の腕に抱きついている小夜の手をそっと外し、彼はベッドの上に起き上がった。
何の目的もなく部屋の中を一通り見回して朱里は小夜を見た。
小さく肩が上下している。
(こいつはしっかり熟睡中かよ)
小夜の顔にかかった髪をよけてやりながら朱里は苦笑いしていたが急に、
「…今日で最後なんだな…」
切なそうな瞳でそのあどけない寝顔を見つめながら小さく呟いた。