その柔らかさや温もりが朱里を心地よくさせる。
さらに小夜の体から漂う花のような優しい香りが彼を包みこんだ。
「…なんでお前、こんないい匂いがするんだ…?」
目を閉じて心地よさに身を任せながら朱里が呟く。
「…なんでこんなに気持ちいいんだろ…」
ふわふわ浮いている気分だ。
そう、まるで温かい湯船に浸かっているみたいに。
「暖炉の火で温かいですからね」
それだけじゃない。
朱里は小さく呟いた。
「…お前が側にいるからだ…」
自分でも何を言ったのか分からないうちに、朱里の意識は深い眠りに落ちていった。ゆっくりと、波に揺られるように。
「え…?」
小夜は朱里の顔を見た。
彼は小さな寝息をたてて安らかな顔で眠っている。
"お前が側にいるからだ"
確かにそう言った。
じっと朱里を見つめて小夜は目をぱちぱちさせる。
そんな小夜の視線を感じてかそうでないのか、朱里が小さく寝返りを打った。
そのまま二人の時間は過ぎていく。
「無理やり起こせばよかったのに」
それから朱里が目覚めたのは夜もだいぶ過ぎてからだった。
あれからもう四時間は経っている。窓の外は完全に闇一色だ。
遅い夕食をとりながら二人は話していた。
「すみません。でも、とても気持ちよさそうに眠っていらっしゃったので…」
スープを口に運びながら小夜が頭を下げた。
「謝んなよ。しっかしお前、辛くなかったか?そんな長い間膝枕してて。別にそこら辺の床に転がしといたってよかったんだぜ」
「いいえっ。私が側にいたかったんです」
それを聞いて朱里はどきりとした。危うくフォークをスープの中に落としてしまいそうになるくらいに。
「お、おまっ…何言って…」
動揺する朱里に小夜は微笑んで言う。
「あんな近くで朱里さんの寝顔を拝見できて幸せでした。とっても可愛らしかったですよ」
「か…可愛らしい…?そんなこと言われても嬉しくねえんだけど…」
朱里が眉をひそめる。
こんなことを言われるなんて、やっぱり目がでかいせいか、と思わず顔をしかめた。
すると小夜が慌てて補足した。
「いえっ、あの、そうではなくて…えと、可愛らしいというのは素敵ということなんです。朱里さんは素敵です!ご自分で思っていらっしゃるよりもずっと、とっても素敵ですっ!!」
手に力を入れて小夜は力説する。
「初めてお会いした夜に、朱里さんが窓を見上げて光でお顔が見えたときも私…素敵な、まるでどこかの国の王子様みたいだって思ったんです」
そう言ってにっこり微笑む小夜から朱里は慌てて目を逸らした。
「は、早く食べろよ。冷めちまうぞ!」
ひたすら皿の上の料理をがつがつと口に運ぶ。
食べながらちらっと小夜に目をやり、朱里は胸の訳が分からないどきどきを抑えようと必死になって食べ続けた。
そして口に慌てて入れた料理の中にニンジンがあるのに気づいてゴホゴホとむせてしまった。
(なんで動揺してんだ、俺)
なぜか火照る顔を押さえて、朱里はパニックに陥ったのだった。
夜も更けた頃。
朱里の部屋のドアがコンコンとノックされた。
暗闇の中ベッドの上で横になっていた朱里だが、何かを考えているような神妙な面持ちで目を開けていたので、すぐに気づいてドアを開けた。
今まで暗いところにいたので廊下の灯りに目を細めると、その中に小夜が枕を抱いて立っていた。
彼女を見下ろす朱里に小夜は遠慮がちに言う。
「すみません…。もう眠っていらっしゃいましたか?」
朱里は首を振って答えた。
「いや、それよりどうしたんだ。まだ寝てなかったのか?」
小夜は寝巻き姿だ。初めて会ったときと同じ格好で彼女は立っている。
違うといえば枕を抱えていることだけだろうか。
朱里はこの後の展開をなんとなく予想できた。
(…また俺、床の上で寝んのかよ…)
「あの…、朱里さんとご一緒に眠らせてほしくて…。すごく…寒いんです。いいでしょうか…?」
仕方なく朱里は小夜を部屋に通した。床にシーツと枕を敷いて眠れるように準備する。
「…朱里さん?」
それを見ていた小夜が首をかしげた。
「どうせお前はベッドがいいんだろ。ほら、寝ろよ。俺ここで寝るから」
やけになって床に横になろうとした朱里の服を小夜がつまんだ。
「ベッドで一緒に寝ませんか?そのほうが温かいです。十分二人とも入れますし、ね。朱里さん」
にこっと笑う小夜とは対照的に、朱里の顔は固まっていた。