第6章

朱里と小夜の話





突き飛ばした手が震えている。人にあんなことをしたのはこれが初めてだった。

我に返って考えてみると、自分がどんなにひどいことをしたのかよく分かる。

彼はアールではない。
そんなことは初めから分かりきったことだったのに。


「…どうしてあんなことしたんだ。あいつはただお前に花をやりたかっただけだろ」

見ると朱里が床にしゃがみこんで、ばらばらになった花束を拾い集めていた。小夜からはその背中しか見えない。

「言っとくけどな、あいつはアールとかいう奴じゃないんだぞ。たとえ似てるからって、それだけでこんなことしていいのかよ。お前ってそういう奴じゃなかったろ」

言われて小夜はうつむく。

あいつはアールとかいう奴じゃない

そうなのだ。それは小夜にも分かっていた。

なのに、いざ目に映るとアールだと瞬間的に思い込んでしまう。
特に同じ行動をされると。

小夜は自分の心の弱さにあきれた。

朱里もそう感じているだろう、と思うとさらに情けなくなる。朱里はきっとこんな自分を怒ってもいるに違いない。

花を拾って立ち上がると、朱里が振り返った。その顔は何ともいえない表情を浮かべていた。

「でもさ…俺も悪かったよ。あいつを連れてきたの、俺だから。お前ばっか責めたって仕方ねえよな」

そう言うと彼は小夜の震える手を握り、かすかに笑ってみせた。

「ごめんな」

小さく朱里が呟く。小夜の手を優しく握って。
小夜の目から涙がこぼれた。

「…ごめんなさい…」

どうして朱里さんにまで謝らせなければならないのだろう。
ぼろぼろと、涙はこぼれ落ちる。

「おい?」

どうして…。

小夜はそのまま泣き崩れた。

「ごめんなさい、ごめんなさい…ごめんなさいっ……」

どうして人をこんなに傷つけてしまうのだろう。



泣きじゃくる小夜を目に前に、朱里はどうすればいいのか分からなかった。

いつもならば何か言葉が出てくるはずなのに、今はまったくそれが見つからない。

こんなにも傷ついている小夜の姿は初めてだった。

力なく床に座り込み、体を小さくするように手で自分の腕を抱いて泣く彼女にそっと手を伸ばすが、それを途中で止める。

(俺に何ができるっていうんだ。こいつをこんなふうにしたのは、俺じゃねえか…)

唇を噛んで朱里は涙にくれる小夜を見つめた。
その体はあまりに小さく細くて、今にも壊れてしまいそうだ。

自分といると小夜はどんどん傷ついていく。
どんどん不幸になっていく――。

小夜を見つめて朱里は決心した。


****


その日の昼すぎ、二人は宿を出た。

元気がなくうつむいている小夜の手を引いて朱里は歩く。ときどき彼女の様子を振り返りながら。

小夜の目は泣きはらして赤く、少し腫れぼったくなっていたが、それでもその容姿は愛らしく、時折道を行く人を振り向かせた。

「辛くないか?」

しばらく歩いたところで朱里は立ち止まって小夜を見た。

「はい…大丈夫です」

こくんとうなずく小夜の手を握りなおし、朱里は再び歩き始める。

小夜の小さな手は冷たい。それを温めるように朱里はその手を強く握りしめた。




そうして歩いているうちに日は暮れ、空はすっかり夜に染まろうとしていた。

朱里は小夜を連れて宿に入った。

寒くもないのに震えている小夜のために、暖炉に火をおこしてその前に彼女を座らせて自分も隣に座り込む。
パチパチと薪が音を立てて燃えていた。


「温かいです…。ありがとうございます、朱里さん」

朱里は横を見た。

小夜の横顔が暖炉の火に照らされて小さく微笑んでいた。
柔らかそうな頬が、炎の熱によって薄く桃色に色づいている。

目が離せなくなってじっと見つめていると、小夜がこちらを向いて手を伸ばしてきた。

「眠いんですか…?」

そっと指が頬に触れる。外にいるときと違ってその手は温かい。

「い、いや。別に…」

慌てて首を振る朱里に小夜が言った。

「私の足を枕にしてお休みになったらよろしいですよ」

にっこり微笑む。

「はい、どうぞ」

朱里は断りきれずに小夜の太ももに頭を乗せて横になった。


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