「おい、何もそこまですることねえだろ。せっかくお前にってくれたのに」
朱里が小夜に言う。
慌てる朱里に紫音は一言、
「…世話になった…」
そう言い残すと走って部屋を出ていってしまった。
朱里は彼の出ていったドアを呆然と見つめる。
床には紫音の気持ちを代弁してくれるかのように、折れてぼろぼろになった花束が悲しそうに風にカサカサと揺れていた。
自分はすべてを失ったのだ。
道を歩きながら紫音は思った。その足取りは重い。
今までの自分には小夜がすべてだった。小夜が生きがいだと言ってもいいほどだ。
ときどきこっそり城を抜け出しては小夜の様子を眺め、見守ってきた。
たとえ小夜が自分のことを知ってくれなくてもいい。
だが結婚の話が持ち上がり、紫音は期待した。だから探しに行ったのだ。
そして。
(…そういえばこの道はさっき花を買ったときも通ったな。あのときは走っていてあまり見ていなかったが)
花を手に紫音は走っていた。
小夜は喜んでくれるだろうか。笑ってくれるだろうかと思いながら。
しかし現実は正反対だった。
…私に近寄らないで…
紫音は空を見上げる。なんだか空は視界がぼやけていてよく見えない。
(…もう、小夜には会えないんだ…)
瞳にたまっていた涙が、一筋頬を伝ってこぼれ落ちた。