ぼそっと朱里が言った。

きょとんとした顔でこちらを向く小夜から目を逸らして続ける。

「変だろなんか。前まではもっと普通だったじゃねえか。それなのにここ最近、あいつが…紫音が現れてからずっとお前、思いつめてて…、辛そうな顔ばっかしてんじゃねえかよ」

何か考え込んでいるような、大きな何かを抱えていて、それがとても辛いことのような顔ばかり。

朱里は小夜のそんな様子を見てきた。
いや、ただ側で見ていただけだった。

膝の上に置いた手を握り、彼は小夜から顔を隠すようにうつむいて言った。

「そりゃあ、俺が信用されてないってのは分かってる。でもさ、俺は気になるんだ。自分でもよく分かんねえけど、すげえ気になって仕方ねえんだよ。なんでお前があんな顔するのか…っ」

悲しそうな、寂しそうな顔で笑う小夜があのときからずっと、朱里の目に焼きついていて離れないのだ。

その訳は朱里にも分からない。分からないから戸惑ってしまう。

「朱里、さん…」

小夜は朱里の側に近寄ると、そっとその手を伸ばしてきた。

うつむいて顔を上げない朱里の頭を優しくその胸に抱く。
ほのかな甘い香りと柔らかい感触に朱里は包まれた。

「…おい。何してんだ」

「え?朱里さんが泣いていらっしゃるのではないかと思いまして。こうやっていると、不思議なことに涙が止まるんですよ。心臓の音を聞いていると安心するんです」

ぎゅっ、と小夜は朱里の頭を自分の胸に押し当てた。

朱里は小夜の心臓の音よりも、自分の心臓の音が徐々に速く大きくなるのを感じて、慌てて小夜の体を引きはがす。

「あっ、涙止まりましたね。ですが、今度はお顔のほうが……お熱ですか?」

「もともと泣いてない!それに熱でもねえー!!」

火照る顔がさらに熱くなるのを朱里は感じる。
そのとき、カーテンが舞った。


勢いよく開くドア。
そこにいたのは。


「起きたのか、小夜!」

走って帰ってきたのだろう、両手いっぱいに花束を抱えて息を上げている紫音の姿だった。

「花買いに行ってたのか、お前」

紫音は二人に近づいてくると、小夜の前でその花束を差し出した。

呆然としている小夜に、顔を赤くして言う。

「これ、小夜にプレゼントにと思って…。気に入ってくれると嬉しいんだが…」

照れ隠しに鼻の頭を掻きながら紫音がちらっと小夜を見た。

小夜は驚いたように目を見開いていたが、それは突然の紫音の出現とプレゼントに対する驚きではなかった。

彼女の意識は過去のある場面に戻されていく。


* * * *


差し出されたたくさんの花と、その向こうで笑う彼。

『これ、プレゼントだよ。小夜様は花がとても好きだって聞いたから』

初めて会った彼はとても人なつっこくて柔らかい印象を持つ人だった。

そして、初めて小夜に人の温かさというものを感じさせてくれた人だった。

幾度となく彼は小夜に花のプレゼントをくれた。

小夜はもらうたびに嬉しくて、嬉しくて。

『小夜様が喜んでくれてよかった。また持ってくるから』

そう言われるたびに、今度はいつプレゼントしてくれるのだろうか、と楽しみで。

ずっと彼が来るのを待っていた。


待っている間も楽しい。

だってその間はずっと、彼に会えるときのことを考えていられるから。

そして、

『はい、プレゼント』

やっぱり彼は来てくれる。

その両手いっぱいに花束を抱えて、それを優しく小夜に差し出してくれる。


* * * *


今、小夜の目の前にはそれと同じ光景があった。

紫音はそれを差し出したまま小夜の顔を見ていた。

その手は緊張のためか、少し震えている。
小夜はなかなか受け取らない。

(アールが…どうして花を…)

小夜の目には紫音はアールとして映っていた。
そんな彼が小夜にプレゼント?

(…もう昔の私じゃないのに、どうしてこんなこと…。あんなに酷いことをしたくせに…)

気付くと、小夜はその花束を手で突き返していた。

花が潰れ、紫音の体がぐらつく。

「…やめて、もうやめてください!私はアールを許せない…!これ以上近寄らないでくださいっ。あなたは怖いっ…」

「小夜…」

今にも泣き出しそうな顔で自分を見る小夜に、紫音は希望の光を失った。

(…ああ、僕はこんなにも嫌われていたのか。いくらプレゼントを贈ったって、受け取ってもらえないのなら意味がない…。小夜は僕からのプレゼントを欲しがってはいないんだから…)

茎が折れて花びらも散ってしまった花束が、するりと紫音の腕からすり抜けて床に落ちた。


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