紫音はくすくす笑っている。
いい加減にぶち切れそうになった朱里は、

「出ろ!どっか消えろ!つうか死ねっ」

紫音を指差して叫ぶが、当の紫音はあっさりと、

「嫌だ。なんで出ていかなきゃいけないんだ。お前が出ていけばいいじゃないか。そこにドアあるぞ」

つーんと顔を背けて言い放つ。
怒りに震えながら朱里は呟いた。

「こんな奴連れてくるなんて、俺どうかしてた…」

あのままでは少し可哀想だと思ってここまで連れてきたものの、よく考えてみると随分甘い考えだったのではないだろうか。

そもそも小夜の精神上これはよくない。
目覚めた瞬間、目の前に紫音がいたらまた変になってしまう可能性もある。

うーん、とあごに手を置いて、本気で紫音を追い出すべきか考え始める朱里に、何も知らない紫音が声をかけた。

「おい、お前。小夜はどうしてお前に懐いているんだ」

またまた難しい質問である。

「…さあ?初めからあんなだったぞ、あいつ」

生来小夜はあまり人見知りをしないのだと思う。だからこんなに怪しい自分にも、無防備についてきたのだ。

「もし小夜のために何かしたのなら、僕にも教えてくれ」

紫音が顔を寄せてくる。

その表情があまりにも真剣みを帯びていたので、安易に答えるべきではない、としばらく考え込んで、

「…あんま関係ないかもだけど、ネックレスやったら喜んでたな。安モンだったのに」

そのときの小夜の嬉しそうな顔が頭に浮かぶ。

城ではいくらでも高価なアクセサリーをつけていただろうに、たったあれだけの物にあそこまで喜んだ小夜を、朱里は心の中で不思議に思ったものだ。

「そうか、プレゼントか!分かった。少し出かけてくるっ」

ぱっ、と顔を輝かせると、紫音は慌てた様子で部屋から出ていった。

呆気にとられてそのドアを見つめていた朱里だが、我に返るともう一方のドアを見る。
そこは小夜が眠っている部屋への扉だった。


* * * *


深く沈んだ意識の中で、小夜は夢を見ていた。
昔の、遠い昔の記憶である。

幼い頃の小夜は花が大好きで、このときも花を摘みに城の裏にある花畑に来ていた。

辺りは一面ピンク色で、風に乗って花のいい匂いが鼻をくすぐる。

『うわぁ、今日もいいお天気ですっ。お花さんも喜んでます。いっぱいお日様の光を浴びてますもんねっ!今日は何を作りますか?』

幼い小夜は後ろを振り返った。

『──アールっ』

花畑の中には、一人の少年が腰を下ろして微笑んでいた。

アールと呼ばれた彼は、いつもハンガル国から会いに来てくれる、整った顔立ちの優しげな雰囲気を持った少年だった。

『そうだね。小夜様がつくるものなら何でも好きだよ。今日は僕が花を集めてこよう』

にっこりと人なつこい顔で笑うと少年は花を摘み出した。小夜はそれを眺める。

花畑でこうして優しい少年と一緒に過ごすのが、彼女はとても好きだ。

周りには壁も天井も、冷たい鉄の格子もない。
このときに唯一小夜は自由というものを感じることができた。

普段、城の中では決して感じることのない自由を。


しばらくして少年は腕いっぱいの花を抱えて、小夜の元に運んできた。

『これくらいで足りるかな?』

『はいっ。これで花の冠をつくりますっ』

笑って少年は小夜の隣に座る。

微笑みながら小夜の手元を見つめる少年の目が温かくて、小夜は嬉しくなった。

少年の側にいるとなんだか心がぽかぽかしてくる。

少年のすべてが小夜を安心させた。
逆に少年がいないと小夜は不安でたまらなかった。


『小夜様は手先が器用だね』

そう言われただけで、自然と笑顔になれる。

小夜は少年といられて幸せだった。
とても幸せだった。


そして、幸せはあっけなく終わった。


* * * *


目を開けると横の窓から光が漏れて顔を照らしていた。

閉められたカーテンが風になびいている。

部屋の中は静かだ。外からは時折、楽しそうな人の笑い声が聞こえる。

小夜はゆっくりとベッドから降り、窓の外をのぞいた。

「…風が気持ちいいです…」

肌に触れる風に目を閉じる。

ちょうどそのとき後ろのドアが開く音がした。
振り返ると朱里が立っていた。

「起きたのか。もう大丈夫なのか?まだ寝ててもいいんだぞ」

言いながら朱里はベッド側の椅子に座る。

朱里は少しの間何かを考えるように床の一点を見つめていたが、急に窓際に立つ小夜を見た。
小夜は窓から入ってくる風に気持ちよさそうに目を細めている。

「お前さ…どうしたんだ」


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