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第5章
去りゆく少年の話
「おい!おい、しっかりしろよ!」
小夜の体を腕に抱いて朱里はその肩を揺さぶった。
小夜は目を閉じたまま動かない。
(どうしたんだ突然。何が起きたんだ)
朱里自身、わけが分からなかった。
急に小夜の様子がおかしくなったのだ。
それまでは笑えてさえいたのに。
くたっ、と力の抜けた小夜の体を抱きかかえて、朱里は側にいた少年のほうを向いた。
少年はなんとも言えない辛そうな顔で小夜を見ていた。
「おい、お前」
朱里が声をかける。
すると少年が小さく呟いた。
「また僕のせいで小夜が…。僕は何をしたんだ…」
自分の両手をぐっと握ってそれを顔に押しつける。
「怖がらせるために会いに来たんじゃないのに…」
少年を見ていた朱里はため息をついて、
「付いてきてもいいぞ。お前がそうしたいんなら」
少年は顔を上げた。
「でも僕がいると、小夜が嫌がる…」
「嫌がられてもいいじゃねえか。こいつだって俺が嫌がってんのに無理やり付いてきたんだ。お前もお前のしたいようにしろよ」
言われて少年は目を丸くした。
まばたきをしながら、
「それは…、自分勝手ではないのか?」
「なら来んな」
「いや、行く」
朱里は歩き出し、少年に言った。
「付いてくんなら、そこに落ちてるサンドイッチ持ってこい。まだ食べてないんだ」
少年は慌ててそれを拾い上げ、朱里の元に走る。
朱里はそれを見て、やっぱり子供だからまだ素直だ、とひそかに笑う。
しかし、数分後。
(…そういえば、まだ朝食をとっていなかったな。ちょうどこれがあるし、これを食べるか)
朱里の後ろを歩きながら少年はサンドイッチを頬張り始めた。
もちろん、朱里は気づいていない。少年の口だけがもごもご動き続ける。
宿屋にて。
「どうしてお前は小夜を連れていこうと思ったんだ」
いきなり紫音が訊いてきた。
隣の部屋では小夜がぐっすり眠っている。
「なんだよ突然」
「さっき小夜が無理やりお前に付いてきたって言っただろう。小夜を置いていくことだってできたはずだ。それなのに、お前は連れてきた。なぜだ?」
その問いに朱里は困惑する。
「なぜだって言われても…なんとなくだよ」
「本当か?」
じい、と詰め寄ってくるので、朱里は座っている椅子から落ちそうになった。
紫音は朱里を見つめて、
「下心があったんだろう?」
今度は本当に朱里も椅子から落ちてしまった。
「ねえよ!そんなもんっ!!」
ぶつけた尻をさすりながら椅子に座り直す。
朱里には紫音の質問の意図が分からない。
「じゃあ、小夜に一切変なことはしていないんだな?」
「あ?まぁ…一切じゃないけどな。最初あいつが城に戻らないって頑固なもんだから、ちょっとビビらせてやろうって…」
突然、紫音の手が朱里の胸ぐらを掴んだ。
その顔は怒りで赤くなっている。
「何をしたんだ」
体を激しく揺さぶられて、朱里の頭が上下する。
「た、ただ服に手ぇ入れて腹触っただけだって。あとは何もしてねえよ、ほんと」
「…やっぱり下心があったんだな。確かに、あんなに可愛らしい小夜に対して、変な気を起こさないほうが無理なことだが」
ちらっと見ると、紫音はまじめな顔でそう告げている。
これには少し笑えた。
「可愛いっつっても、あいつドジだぜ。相当な」
「それが可愛いんだ」
真顔で即答する紫音。
朱里の中で紫音の当初のイメージがかなり崩れたことは言うまでもない。
(こいつ、なんかやべえぞ。マジで言ってるのがさらにやべえ)
微妙に紫音の座る椅子から自分の椅子を離す。
「それなのに、お前はなんだ!?噂とは正反対じゃないか」
ビシィと朱里を指差して紫音は言った。
「噂?なんだそれ」
「噂では美形で長身、穏やかな雰囲気のどこかの貴族と聞いていた…。それなのにお前は何なんだ?」
「な、何なんだって…」
かなり失礼なことこの上ない。
朱里は少々むかときた。
「お前こそ、その喋り方なんとかしろよ。年上の俺に向かって、お前とか言うな」
それを聞いて紫音がくすっと笑う。
「年上?お前が?そんな大きい目だと僕より幼く見えるな」
朱里の口がわなつく。
「てっ…てめえにそんなこと言われる筋合いはねぇ!!」