「またニンジン召し上がらないんですか?」
例のごとく朱里はニンジンを避けていた。今度は炒め物に入っている千切りされたニンジンだ。
「うっせえな。嫌いだって言ったろ」
それを皿の隅によけながら朱里が言った。
場所は二人が泊まっている宿の食堂である。
朝早いということもあって周りにほかの客は見当たらず、二人は広々と四人用の席に座って朝食をとっていた。
「そんなことをしてはもったいないです。私が前みたいに塩をふってバランスを取って差し上げますから、残さず食べてくださいっ」
そう言うと小夜は塩の小瓶を横から取り、それをパッパッとニンジンにふりかけた。
「さっ、もう食べても大丈夫ですよっ」
「…死んでも嫌だ」
塩が大量にかけられたそれを見て、朱里の頬を汗が一筋伝う。
「ニンジンの話はこの際どうでもいい。それより」
このままでは無理やりにでも食べさせられそうなので、朱里は急いで話題を変えた。
元々ニンジンの話などするつもりもなかったのだが。
「昨日のことだけど、お前あいつに何されたんだ?」
「え…」
急に小夜の顔が強張った。
明らかに動揺している様子で、朱里からぱっと目を逸らす。
そして引きつった口で言った。
「な、何もされてないです…よ」
その目は落ち着きなく宙をきょろきょろと見ていた。
(こいつ…分かりやすいよな。嘘つけないタイプだ、絶対)
小夜自身は平静を装おうとしているようだが、朱里には通じない。
朱里はため息をついた。
「もう一度訊くぞ。あいつに何されたんだ?昨日のお前の様子からすると、よほどひどいことでもされたんだろ。言えよ、怒ったりしねぇから」