*****


暗い部屋の中、少年は膝をかかえて床に座り込んでいた。

後ろの窓から見える月は雲に覆い隠されようとしている。

少年はあれからずっと動揺していた。

男になんらかんら言われたからではない。小夜が自分に対して恐怖を感じていたからだ。

ただ名を呼んで手を握っただけなのだ。

それだけなのに、あそこまで嫌がられたことは彼にとって相当な衝撃だった。


少なくとも小夜が少年を見たのは今回が初めてのはずだ。

少年は幾度となく小夜を見ていたが、正式な場では会ったことさえなかった。

初めてだからこそ、あんなふうに拒まれたのはショックだったのだ。

(僕は何をしたんだろうか。小夜が嫌がるようなことを、知らない間にやってしまったのだろうか)

そういえば腕を強く握りすぎてしまったような気もする、と少年は考える。
小夜に拒まれてさらに強く握ってしまったのだ。

少年は自分の右手を見た。

何の変わりもない普通の手だ。

しかし。


(…初めてだ。初めて小夜に触った…)

大きく右手を上に上げてみる。

それはいつもと同じ手だったが、少年にとっては特別な手だった。

初めて小夜に触れた、特別な場所だった。

(小夜の腕にアザができてなければいいが…。次はあまり触らないようにしよう。また嫌がられてしまうから)

振り返ると、月はすっかり雲に隠れて見えなくなっていた。

完全な闇が部屋を包み込む。

少年は右手をじっと見つめたまま、夜が明けるのを待った。


*****


朝日が眩しい。

朱里はうっすら目を開いた。視界がぼやけてよく周りが見えない。

(あれ…?俺、眠っちまったのか)

何度かまばたきをして目を開く。

はっきりした視界に初めに映ったのは──


「………!?」

そこにはドアップの小夜の寝顔があった。

朱里は飛びのくように立ち上がり、状況を把握しようと頭に手を置く。

(なんだ!?なんでこいつが俺の側で寝てんだ?ちゃんとこいつ、ベッドの上で寝てたよな。まさか、転がってきたのか?いや、でもなぁ…)

足元を見るとシーツが広がっていた。きっとこれをかけて眠っていたのだろう。

(こいつ、自分から来たのかな…)

怪訝そうな顔で朱里は小夜の顔をのぞいた。
小夜は気持ちよさそうにすやすや眠っている。

彼は首をかしげると、小夜の頭をつついた。

「おい、起きろ。もう朝だぞ」

窓の外を見るともうすっかり夜が明けていた。
眩しい日差しに目を細める。

「うん…?あ、おはようございます、朱里さん…」

目をごしごしこすりながら小夜が目を覚ました。傍らに立っている朱里に律儀にも挨拶をする。

彼女はそのままぼやけた頭で立ち上がった。

「昨夜は…よくお休みになられましたか…?寒くはなかったですか?一応シーツをおかけしたのですが……ふわぁ」

眠気で足元がふらふらしている小夜を見ていた朱里は、彼女がいつもと変わりがないことを確かめ内心安堵した。

昨日の今日だから、まだ怯えたりしているのではないかと思っていたからだ。

これなら昨日のことを聞けるかもしれない、と朱里は思った。

「包帯換えて飯食いに行くぞ」


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