暗い部屋の中、少年は膝をかかえて床に座り込んでいた。
後ろの窓から見える月は雲に覆い隠されようとしている。
少年はあれからずっと動揺していた。
男になんらかんら言われたからではない。小夜が自分に対して恐怖を感じていたからだ。
ただ名を呼んで手を握っただけなのだ。
それだけなのに、あそこまで嫌がられたことは彼にとって相当な衝撃だった。
少なくとも小夜が少年を見たのは今回が初めてのはずだ。
少年は幾度となく小夜を見ていたが、正式な場では会ったことさえなかった。
初めてだからこそ、あんなふうに拒まれたのはショックだったのだ。
(僕は何をしたんだろうか。小夜が嫌がるようなことを、知らない間にやってしまったのだろうか)
そういえば腕を強く握りすぎてしまったような気もする、と少年は考える。
小夜に拒まれてさらに強く握ってしまったのだ。
少年は自分の右手を見た。
何の変わりもない普通の手だ。
しかし。
(…初めてだ。初めて小夜に触った…)
大きく右手を上に上げてみる。
それはいつもと同じ手だったが、少年にとっては特別な手だった。
初めて小夜に触れた、特別な場所だった。
(小夜の腕にアザができてなければいいが…。次はあまり触らないようにしよう。また嫌がられてしまうから)
振り返ると、月はすっかり雲に隠れて見えなくなっていた。
完全な闇が部屋を包み込む。
少年は右手をじっと見つめたまま、夜が明けるのを待った。
朝日が眩しい。
朱里はうっすら目を開いた。視界がぼやけてよく周りが見えない。
(あれ…?俺、眠っちまったのか)
何度かまばたきをして目を開く。
はっきりした視界に初めに映ったのは──
「………!?」
そこにはドアップの小夜の寝顔があった。
朱里は飛びのくように立ち上がり、状況を把握しようと頭に手を置く。
(なんだ!?なんでこいつが俺の側で寝てんだ?ちゃんとこいつ、ベッドの上で寝てたよな。まさか、転がってきたのか?いや、でもなぁ…)
足元を見るとシーツが広がっていた。きっとこれをかけて眠っていたのだろう。
(こいつ、自分から来たのかな…)
怪訝そうな顔で朱里は小夜の顔をのぞいた。
小夜は気持ちよさそうにすやすや眠っている。
彼は首をかしげると、小夜の頭をつついた。
「おい、起きろ。もう朝だぞ」
窓の外を見るともうすっかり夜が明けていた。
眩しい日差しに目を細める。
「うん…?あ、おはようございます、朱里さん…」
目をごしごしこすりながら小夜が目を覚ました。傍らに立っている朱里に律儀にも挨拶をする。
彼女はそのままぼやけた頭で立ち上がった。
「昨夜は…よくお休みになられましたか…?寒くはなかったですか?一応シーツをおかけしたのですが……ふわぁ」
眠気で足元がふらふらしている小夜を見ていた朱里は、彼女がいつもと変わりがないことを確かめ内心安堵した。
昨日の今日だから、まだ怯えたりしているのではないかと思っていたからだ。
これなら昨日のことを聞けるかもしれない、と朱里は思った。
「包帯換えて飯食いに行くぞ」