「…僕は小夜を迎えに来た。お前こそ誰だ。なぜ小夜と一緒にいる。お前が城から小夜をさらったのか?」

「はあ?んなことしてねえよ。それに俺が誰といようが俺の勝手だろ。お前こそ、迎えに来たとか言ってるくせに、思いきり嫌がられてんじゃねえかよ、悲しいぐらいにはっきりと」

それを聞いて少年の眉間にしわが寄った。
急に不機嫌な顔になる。

「うるさい黙れ!!お前はさっさと小夜を渡せばいいんだ!」

突然の大声に、小夜の細い肩がびくりと跳ねた。

朱里は少年を見てため息をつく。

「住宅街で大声出すなよ。それに、こいつは渡せないぜ。一応俺の相棒ってことになってるみてぇだから、こいつの中では。あきらめて帰れよ。暗くなったらここら辺結構やばいぜ。お前みてえないいとこの坊ちゃんには危ねえんじゃねぇの?」

少年の身なりのよさには朱里も気づいていた。

年は朱里より下だろう。
不機嫌そうな顔が、さらに少年の年を若く見せている。

しかし、この上目線の態度はなんだろう。ある意味命知らずだ。

「じゃあな」

朱里は少年に背を向けると、そのまま小夜を連れて歩き出した。

「必ず、必ず小夜は取り返すからな」

後ろで少年が呟くのを耳にしたが、朱里は振り向かない。

いつしか少年の気配は消えていた。


*****


「大丈夫か?」

部屋を取り、ベッドに小夜を座らせて朱里が尋ねる。

だが小夜は返事をしない。がたがた震えているだけだ。

(こりゃ相当だな)

仕方がないので体を横にさせる。

「夕食は持ってきてやるから、それまで寝てろよ」

去ろうとした朱里の手をぎゅっと小夜が握った。

振り返ると、起き上がりかけてこちらを見つめる小夜の姿。

「どうした?寝てろって」

小夜はぶんぶんと首を振る。

「ここにいてください…。お願い…ひとりにしないで…」

手を離そうとしない。

朱里は息をついてベッドの傍らにあぐらをかいて座った。

「分かったよ。だから寝ろ」

小夜の手を握り返してやると、彼女は安心したように目を閉じた。

それから少しして寝息が聞こえ始める。


朱里は自分の手を握る小さな小夜の手を見た。

いったいどうしたんだろう。

少し前までは安いネックレス一つであんなにも笑っていたのに、今はこれだ。

怯えきっている。

あの少年が何かしたのだ。
ここまで小夜を怖がらせる何かを。


泣いて嫌がる小夜と、自分を見つめ返してきた少年を思い返して、朱里はわけの分からない苛立ちを感じた。

気がつけば、小夜の手を強く握っている自分がいる。


* * * *


目を覚ますと見慣れた天井。
見慣れた自分の部屋。

『おはよう、ございます…』

小夜は眠さで開ききらないまぶたをこする。

ふと、異変に気づいた。


『…変なにおい…』


生臭いような、鉄臭いようなそんな臭い。

視界が次第にはっきりしていく。
途端、真っ赤な世界が小夜の目に飛び込んできた。


壁に散る赤い染み。

床に溜まった赤い水たまり。

そして。

『…お母様…?』

その中に転がっている赤い母の姿。

ベッドから降りるとぱしゃん、と足が赤い水たまりで濡れる。

水たまりは不思議と温かかった。

母の側に膝をつき、そっと手を近づける。

母の体は冷たい。

それだけがこの空間の中で恐ろしく冷たい。


* * * *


ふっと目を開いた。

部屋の中はいつの間にか暗くなっている。

「……あ」

温もりを感じて横を見ると、床に座り込んだ朱里が小夜の手を握ったまま、頭だけベッドに乗せて眠っていた。

「…ずっと、いてくれたんですね、側に…」

小夜は嬉しさに微笑みをこぼす。

なんて温かい人なのだろう。

「あ、でもこのままでは朱里さんが風邪を引いてしまいます。ええと…」

小夜はベッドから抜け出すと朱里の隣に座り、シーツで二人の体を包んだ。

「えへへへ、温かいです」

小夜は朱里の寝息がかかるくらいまで顔を近づける。

そんな二人の姿を、ベッドの向こうの窓からのぞく月がほのかに照らす。

「初めて会ったときも、こんなふうに月が出ていましたよね。窓から見下ろすと、ちょうど月の光でお顔が見えて…今みたいに…」

眠る朱里の顔に、小夜の顔が近寄せられる。


月に照らされて、床に映る二人の影はそのときわずかに重なった。



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