小夜はそっと朱里の手からそれを受け取った。
見ると、つい今朱里が買ったあの花びらのネックレスだった。
小夜は驚いて朱里の顔を見上げる。
彼は顔を背けたまま、
「…昨日の、詫び…」
ぼそっと呟いた。
その頬は気のせいか、わずかに赤くなっているように見える。
「朱里さん…」
朱里はちらっと横目で小夜を見た。
彼女はネックレスをさっそくつけようとしていたが、なかなかつけられないのだろう「うぅー」などと呻いている。
朱里は息を一つつくと、小夜の首に腕をまわした。
パチッと音がしてネックレスの金具が留まる。
「ほらよ」
小夜の首元で花びらが揺れた。
「ありがとうございますっ。こんなに素敵なものまで頂いて…ありがとうじゃ言い尽くせないくらい嬉しいですっ!ずっとずっと大切にしますね、このネックレス」
小夜の顔に笑顔の花が咲いていく。
それを見ている朱里もなんだか嬉しくなったほどだ。
「安モンだけどな」
「いいえっ、朱里さんの気持ちが詰まってますから」
「…なんかくさいぞ、その台詞」
にぎやかな通りを過ぎ、ここは閑静な住宅街。
通りに人の姿はほとんどない。
「そろそろ宿探さねえとな」
周囲を見回すといくつかそれらしきものもある。
「今日はお仕事なさらないんですか?もしなさるのなら私も…」
横をついて歩いていた小夜がいつものように目を輝かせて言うが、朱里は首を振った。
「今日はやんねえよ、何もないしな」
遠くの山々を見ると、空が赤くなってきていた。
もう少ししたらここの空も赤く染まるだろう。
通りには二人の姿しかない。二人分の足音だけがやけに響く。
「そういえば昨日の宝物はどうなさったんですか?オリ…ハラゴン…?とかいう」
「オリハラゴン?誰だよそれ。オリハルコンだろ。もう売ったよ、でかいから荷物に入れるとかさばるんだよ、あれ」
昨日に比べると朱里の荷物はずいぶん軽そうだ。
小夜が首をかしげた。
「ですが、朱里さんの宝物でしょう?大切ではなかったんですか?昨夜はあれほど喜んでらしたのに…」
「別にあれ自体を持ってたって意味ねえだろ。金に換えてこそ意味があるんだよ」
確かに朱里の言うことはもっともだ。
しかし小夜にはよく分からないようだった。
「朱里さんの宝物はなんですか?朱里さんにとっての宝物は」
「…なんでそんなこと訊く?宝物なんて金ぐらいだろ。ほら、そんなことどうでもいいからさっさと宿探すぞ」
首をかしげる小夜をおいて、朱里は歩き出した。
"朱里さんにとっての宝物…"
(知るかよ、そんなのっ)
石畳を蹴りつける。
小夜は気がつかなかった。
離れていく朱里の足音と、そして──近づいてくる別の足音に。
「小夜」
呼ばれて初めて我に返る。
小夜が振り返ると、そこには。
「──やああっ!!」
小夜の悲鳴が聞こえて、朱里は後ろを振り返った。
彼女の元へと走る。
「おい!」
そこには小夜の腕を掴んでいる一人の少年がいた。
小夜はその手から逃れようともがいている。
「はな…は、離してくださ…やっ、嫌ぁ!!」
小夜は朱里に気づいていないようだ。
(どうしたんだ?なんであんなに怖がってる?)
小夜の様子は尋常ではなかった。
手や足は震え、見開いた目には周りは映っていないように、ただひたすら自分の腕を掴む手から逃げようとしている。
朱里は急いで小夜を少年から引き離した。
「やぁっ…触らないでっ…やだっ」
自分からも逃げようと暴れる小夜の頬を、朱里はぺちっと軽く叩いた。
小夜の恐怖に歪んだ顔を覗き込む。
「しっかりしろよ!どうしたんだよ」
ゆっくりと、小夜の目の焦点が朱里に合ってきた。
朱里に気づくと、見開かれた目から涙がボロボロとこぼれ落ちた。
朱里の腕に抱きついた小夜はがくがくと震えている。
「恐い…恐いですっ……朱里さん」
泣きながら小夜は呟いた。決して前の少年を見ようとはしない。
朱里は怖がる小夜の肩に手をおくと、少年を睨みつけた。
少年はかすかに悲しそうな表情で、震える小夜を見ていた。
「誰だよお前。こいつに何したんだ」
朱里の視線を少年はまっすぐに受け止める。
「何もしていない」
「嘘だ。じゃなきゃ、こいつがこんなに怖がるわけねえ」
少年はちらりと小夜を見た。