小夜はそっと朱里の手からそれを受け取った。
見ると、つい今朱里が買ったあの花びらのネックレスだった。

小夜は驚いて朱里の顔を見上げる。

彼は顔を背けたまま、

「…昨日の、詫び…」

ぼそっと呟いた。

その頬は気のせいか、わずかに赤くなっているように見える。

「朱里さん…」

朱里はちらっと横目で小夜を見た。

彼女はネックレスをさっそくつけようとしていたが、なかなかつけられないのだろう「うぅー」などと呻いている。

朱里は息を一つつくと、小夜の首に腕をまわした。

パチッと音がしてネックレスの金具が留まる。

「ほらよ」

小夜の首元で花びらが揺れた。

「ありがとうございますっ。こんなに素敵なものまで頂いて…ありがとうじゃ言い尽くせないくらい嬉しいですっ!ずっとずっと大切にしますね、このネックレス」

小夜の顔に笑顔の花が咲いていく。

それを見ている朱里もなんだか嬉しくなったほどだ。

「安モンだけどな」

「いいえっ、朱里さんの気持ちが詰まってますから」

「…なんかくさいぞ、その台詞」


****


にぎやかな通りを過ぎ、ここは閑静な住宅街。
通りに人の姿はほとんどない。

「そろそろ宿探さねえとな」

周囲を見回すといくつかそれらしきものもある。

「今日はお仕事なさらないんですか?もしなさるのなら私も…」

横をついて歩いていた小夜がいつものように目を輝かせて言うが、朱里は首を振った。

「今日はやんねえよ、何もないしな」

遠くの山々を見ると、空が赤くなってきていた。

もう少ししたらここの空も赤く染まるだろう。

通りには二人の姿しかない。二人分の足音だけがやけに響く。

「そういえば昨日の宝物はどうなさったんですか?オリ…ハラゴン…?とかいう」

「オリハラゴン?誰だよそれ。オリハルコンだろ。もう売ったよ、でかいから荷物に入れるとかさばるんだよ、あれ」

昨日に比べると朱里の荷物はずいぶん軽そうだ。

小夜が首をかしげた。

「ですが、朱里さんの宝物でしょう?大切ではなかったんですか?昨夜はあれほど喜んでらしたのに…」

「別にあれ自体を持ってたって意味ねえだろ。金に換えてこそ意味があるんだよ」

確かに朱里の言うことはもっともだ。
しかし小夜にはよく分からないようだった。

「朱里さんの宝物はなんですか?朱里さんにとっての宝物は」

「…なんでそんなこと訊く?宝物なんて金ぐらいだろ。ほら、そんなことどうでもいいからさっさと宿探すぞ」

首をかしげる小夜をおいて、朱里は歩き出した。

"朱里さんにとっての宝物…"

(知るかよ、そんなのっ)

石畳を蹴りつける。




小夜は気がつかなかった。

離れていく朱里の足音と、そして──近づいてくる別の足音に。


「小夜」


呼ばれて初めて我に返る。

小夜が振り返ると、そこには。




「──やああっ!!」

小夜の悲鳴が聞こえて、朱里は後ろを振り返った。
彼女の元へと走る。


「おい!」

そこには小夜の腕を掴んでいる一人の少年がいた。

小夜はその手から逃れようともがいている。

「はな…は、離してくださ…やっ、嫌ぁ!!」

小夜は朱里に気づいていないようだ。

(どうしたんだ?なんであんなに怖がってる?)

小夜の様子は尋常ではなかった。

手や足は震え、見開いた目には周りは映っていないように、ただひたすら自分の腕を掴む手から逃げようとしている。

朱里は急いで小夜を少年から引き離した。

「やぁっ…触らないでっ…やだっ」

自分からも逃げようと暴れる小夜の頬を、朱里はぺちっと軽く叩いた。

小夜の恐怖に歪んだ顔を覗き込む。

「しっかりしろよ!どうしたんだよ」

ゆっくりと、小夜の目の焦点が朱里に合ってきた。

朱里に気づくと、見開かれた目から涙がボロボロとこぼれ落ちた。

朱里の腕に抱きついた小夜はがくがくと震えている。

「恐い…恐いですっ……朱里さん」

泣きながら小夜は呟いた。決して前の少年を見ようとはしない。

朱里は怖がる小夜の肩に手をおくと、少年を睨みつけた。

少年はかすかに悲しそうな表情で、震える小夜を見ていた。

「誰だよお前。こいつに何したんだ」

朱里の視線を少年はまっすぐに受け止める。

「何もしていない」

「嘘だ。じゃなきゃ、こいつがこんなに怖がるわけねえ」

少年はちらりと小夜を見た。


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