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第4章
とまどう王子の話
「まだ見つからないのですか、父上!!いったい何をやっているんです!?」
一室から机を叩く音と少年の声が聞こえた。
場所はハンガル国王の治める城。その王の部屋である。
「落ち着け、紫音。たかがこれくらいのことで興奮するものではない」
王が少年を説き伏せようとするが、少年はまったく落ち着く気配がない。
さっきからいらいらと部屋の中を行ったり来たりしている。
「たかが?父上にはそれくらいのことなんですね、僕の結婚相手が消えたことが」
「紫音。まだ消えたかどうかも分からないのだぞ。結婚させるのが嫌で、国王が匿っているやもしれん。考えられぬことではないからな。なにせハンガル国の王子との結婚だ。一生城で匿って暮らさせるほうが、ましというところだろう」
それを聞いて少年は眉間にしわを寄せた。
不機嫌そうな顔がさらに歪む。
「父上はそう言って、戦争がしたいだけでしょう。何か因縁をつけて戦争を始めるきっかけにしたいんだ。昔だってそうやって…。なぜそこまで戦争に執着するんですか」
「ハンガル国は生来、武国だ。その武国が戦わなくてどうする? 弱小国を支配し、自国の領土を広げていく。それが私の王としての使命なのだ。それをお前にとやかく言われる筋合いはない。第一…紫音、お前もどうしてそこまであの娘に執着する?小夜…とか言ったか」
少年は王から視線を外した。
そのまま部屋の扉を開ける。
「父上には、関係のないことです。失礼します」
バタン、と扉は閉められた。
少年は廊下を足早に歩く。
(もうあの人には、任せておけない)
少年はこのとき決意した。
――欲しいものは自分の手で掴んでやる。
この日、ハンガル国の紫音王子も城から姿を消したのであった。
「朱里さん、サラダのニンジンが残っていますよ?」
オウリスの隣町、シンラのとある食堂で昼食を摂っていた朱里と小夜の前には、こんもりとニンジンだけが残った皿が置かれてあった。
ほかの皿がきれいに片付けられている分、それはかなり目につく。
「食べないんですか?」
「ああ?食わねえよ、んなもん」
朱里は嫌そうな顔をしてその皿を遠くにやった。
「嫌いなんだよ、ニンジン。あの変に甘いところが口に合わねえ」
「そうですか?私は好きですが…。あっ、そうです!いいことを思いつきましたっ」
朱里が見ている前で、小夜はおもむろに塩を取り出し、それをニンジンの山に振りかけた。
「これで甘さと辛さのバランスが取れていいかもですよ。朱里さんもきっと大丈夫ですっ」
小夜は笑顔で皿を朱里の前に差し出す。
「はいっ、どうぞ」
「お前…本気なのか?本気でこれがバランス取れてると思ってんのか…?」
摩訶不思議なオーラを醸し出しているニンジンの塩かけを見て、朱里は苦笑いせずにはいられなかった。
店を出ると二人は商店街の立ち並ぶ街路に入った。
あちらこちらで出店をやっているようだ、威勢のいい声が聞こえてくる。
「うわあー」
言うまでもなく、小夜はふらふらと店に入っていこうとする。
朱里はそれを止めようとしたが、何を考えたのかそのまま小夜の後についていった。
二人が入ったのは装飾品を扱う店だった。
心なしか女性客が目につく。
「すごいですね、朱里さんっ。いっぱい光ってますよ」
「あー、そうだな」
思った以上に人が多いな。
朱里は入ってきたことを少し後悔する。
が。
「うわぁあ〜、可愛いです、これ!」
小夜のほうを振り返ってみると、彼女は一つのネックレスを見つめていた。
小さな花びらがついていて、中心に赤い石がはまったものだ。
決して派手ではないが、ほのかな可愛らしさが漂っている。
朱里はそのネックレスと小夜を交互に見た。
(…よし)
一人うなずくと、ネックレスを手に取る。
「朱里さん?あ、それ買われるんですか?可愛いですよね。きっと朱里さんによくお似合いになって…」
「あほっ」
ぴしっと小夜にでこピンをすると、朱里はネックレスを買い店から出た。慌てて小夜がその後を追ってくる。
「もしかして誰かへのプレゼントですか?喜んでくださりますよ、その方」
微笑んで言う小夜の前に、朱里が手を突き出した。
「ん」
顔を背けて、早く取れと促す。
「えっ?あ…」