「ひっく…っく」

むせび泣いて小夜は顔を上げようとしない。
ただ、ときどき嗚咽を漏らすくらいだ。

朱里はそっと、そんな小夜の頭をぽんぽんと軽く叩いた。

冷たい風が入ってくる扉を振り返ると、暗闇の中にいくつか星が瞬き始めているようだった。

朱里の頭にきらきら輝く時計台の金銀の宝石の姿が浮かぶ。

人工的な光より、よっぽどきれいだ。

きらっと星が光るのを見て、朱里はそう思った。


****

 
宿の部屋に戻って朱里は開口一番に叫んだ。

「どうしたそれ!?」

突然の大声にびっくりする小夜の腕をぐい、と上げる。

見れば小夜の両手の平は痛々しく皮膚が破れ、出血していた。

「どうしたんだよ、これ」

「えっ、あ…えと…すっかり忘れてました」

自分の手の平を見て小夜自身も驚いているようだ。

「もしかして、ロープ握ってたときに怪我したのか?」

あのとき使っていたのは麻のロープだ。

表面がざらついていて滑りにくいという良い点もあるが、怪我もしやすい。

特にこんな柔らかそうな女の手ならなおさら。


「なんですぐに言わねえんだよ。痛かっただろうが」

ごそごそと荷物の中をあさりながら朱里が言った。

救急箱のふたを開け、中から真新しい包帯を取り出す。

「これ巻くからそこに座れよ。んで、両手前に出せ」

「は、はい」

すとん、と小夜はベッドの上に腰を下ろして手を差し出した。

傷はひどいものだった。

朱里が眉を寄せてその手を見る。

どれだけ必死にロープを握っていたのかは、これを見れば一目瞭然だ。

なるべく傷口が傷まないように、朱里は慎重に包帯を巻いていく。

(…こんな細い腕で、俺とそれにオリハルコンも支えていたのか。なんか…)


黙って手を動かす朱里を見ていた小夜は、急にぺこんと頭を下げた。

「す、すみませんでした。朱里さん」

「は?何が?」

意味が分からず朱里はベッドに座っている小夜を見上げる。

小夜は困ったように、

「怒って…いらっしゃるようですので…。また私は何かしてしまったんですね。あっ、もしかして、つい先ほど朱里さんのお洋服を涙で汚してしまったから!?ごめんなさい、あのようなことはもう二度とっ…」

あわわわ、と一人パニックに陥る小夜に朱里も慌てた。

「ちょ、ちょっと待て!いつ俺が怒ったんだよ?それに涙だけじゃなくて、鼻水もついたぞ」

間違いはきっちり訂正する朱里。

「ですが、お顔が怒っていらっしゃって…」

「怒ってねえよ、別に。ほら、巻けたぞ!用がないなら部屋に戻れよな」

小夜を立ち上がらせると、朱里は自分がベッドに座った。

小夜はドアの前でお辞儀をして、

「あの、包帯を巻いてくださってありがとうございます!それでは朱里さん、お休みなさい」

パタンとドアが閉められた。

ベッドの上に座ってしばらく朱里は、小夜の出ていったドアを睨むように見ていたが、

「あーっ、くそっ!!」

頭を抱えて叫んだ。その顔は赤くなっている。

「何だよ俺っ!助けてもらったくせに礼ぐらい言えねえのかよ!しかもあんな怪我までさせて…情けねぇ。はぁ…」

今度は急に落ち込んでため息までつく。

そのまま彼はベッドに横になった。上に伸ばした両手をぐっと握り、

「明日は言えりゃあいいなー」

そしてまた重々しいため息を一つ。

「無理、だろうなきっと。俺のことだから…」


****


部屋のドアを閉める。

そのまま小夜は力が抜けたようにその場に座り込んだ。

「あ…は、今頃になって震えてきました…」

包帯の巻かれた手がカタカタと小刻みに揺れる。

目からは涙があふれてきた。

「よかった…よかったです…」

震える右手で、同じように震えている左手を包んで胸に抱き、小夜は微笑んだ。

泣きながら、本当に嬉しそうに微笑んだ。

「朱里さんは…生きてます。生きてます…」

ぽたっと涙のしずくが床を濡らす。


星の輝く夜、二人はそれぞれの想いを胸に秘めて眠りについた。



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