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第3章
オウリスの夜の話
「この町、オウリスの時計台は中世の時代に造られたもので、高さは50メートルにも及ぶ。その中でも時計盤は金銀をふんだんに使って造られたものだから、金額に直すと余裕で億は超すだろう。今回ターゲットをその時計盤にしぼったわけだが……おい、聞いてんのか?」
「えっ…あ、はい。そうですね、いい天気です」
「…聞いてないならはっきりそう言え。誰が天気の話なんてしたんだよ」
朱里と小夜の二人は現在"オウリス"という町を訪れていた。
ちょうど時計台がある中央通りを歩いているところだ。
「すみません。でもどうやってあんなに大きな物を盗…んぐっ」
言いかけた小夜の口を朱里が慌てて手でふさぐ。そして小声で言う。
「馬鹿っ、周りに人いっぱいいるんだから注意して話せ。いつ誰が聞いてるか分かんねえんだぞ」
「うぐうぐ…ぷはぁ!すみません朱里さん。今度からは気をつけま…あてっ」
人にぶつかってよろめく小夜を横目に見て、朱里ははぁーとため息をついた。
「…宿屋探すぞ」
「――部屋をふたつ」
フロントで鍵を受け取ると、朱里は後ろでぼーっとしていた小夜にその一つを渡した。
「いいか。この鍵はなくすなよ。部屋に入れなくなるからな」
「あ、はい。でもどうして別々の部屋になさるんですか?」
小夜が渡された鍵を見つめて首をかしげる。
「あのな…お前もう忘れたのか?昨夜ベッドが一つしかないからって、お前にそれ譲って俺は床で寝ただろうが。今夜はちゃんとしたところで寝たいんだ。分かったな」
小夜がうなずくのを確認してから、朱里は部屋がある二階へと上がった。
どうやら部屋は廊下の一番奥のようだ。鍵を差し込んでドアを開ける。
(あー、なんかまだ昼にもなってないのにすげぇ疲れた。これから俺、もっと疲れることになるんだろうな。なんか、めんどくせぇ)
ベッドに横になって目を閉じた。
今までの出来事を初めから振り返ってみる。
まずは、城の中でピンチになって小夜に助けてもらったこと。
(あれはまあ、感謝してるけど。その後がなあ…)
それから自分を追いかけてきた小夜のこと。
(すべては間違いだったんだ。ちょっと可愛いからって同情しちまって。なんで俺、あのとき助けちまったんだろう。ほっときゃよかったのに…あーもう)
自分の後先考えなかった行動に腹が立つ。
ごろんと横を向いた朱里は目をぱちっと開けた。
目の前には小夜のドアップ。
「うわああああっ!?」
慌てて起き上がり、ベッドの端に後退さる。
「なっ、ななななんなんだよ、お前は!!いるならいるって言えよ!ビビっただろうが」
そんな小夜はベッドの側にしゃがみこんだまま、にこにこと笑っていた。なんだか嬉しそうだ。
「…なんだよ。なに笑ってんだ」
「いえ。あまりにも朱里さんの寝顔が可愛らしかったもので、ついこちらまで」
それを聞いて朱里は眉を寄せた。
「可愛らしいって…17歳の俺が言われても嬉しくねえんだけど。どっちかって言うと、なんか悲しくなるぞ」
「え?」
目をぱちくりとさせ、小夜が朱里のほうに顔を近づけてくる。
「な、なんだよ」
(また、おはようのキスか?)
手を顔の前に突き出してガードしながら朱里は尋ねた。
「…朱里さんって、私よりも年上なんですか?」
「へ?」
「私てっきり年下の方なのかと。でも、すごく可愛らしい目をしていらっしゃいますよね。とっても素敵です」
その言葉に、朱里はがくっとうなだれてしまった。
「朱里さん?どうかなさいましたか!?」
(全部…、全部この目が悪いんだ。必要以上にでかいから…。くそぅ)
「朱里さんーっ?」
こうして、二人の昼は過ぎていったのであった。
そして日も暮れた黄昏時。
朱里と小夜は部屋で早めの夕食を摂っていた。もう窓の向こうは茜色に染まっている。
「おいしいですねっ」
小夜は魚のソテーをフォークで刺しながら朱里に話しかけた。
その向かいに座っている当の朱里はじと目で小夜を見ている。
「つうか、なんでお前俺の部屋で食べてんの?自分の部屋で食えよ、部屋代もったいねえだろ。ったく、一人でのんびり食いたかったのに」
言いながらサラダに付いていたトマトを口に運ぶ。