(なんて顔するんだ、こいつ)
朱里には理由がまったく分からない。
無理もない。
彼はまだ彼女のことをほとんど知らないのだから。
いや、彼自身は知っているつもりなのかもしれない。
ドジで世間知らずな王女様。
本当はたったこれだけのことしか知らないのだ。
彼女の心の傷には気づくこともない。
そもそも小夜自身も把握してはいないのだが…。
すべては小夜の心の奥深く、意識の底に隠された影。
小夜の変わった様子に、朱里は頭を掻いた。なんともばつが悪い。
「おい、こんなところでトロトロしてたら城の奴らに捕まっちまうぞ。城に戻りたくないなら少しは急げよな」
無理に小夜の腕を引いて進もうとした朱里は、ふと小夜の手が小刻みに震えているのに気づいた。
振り返ってみると、小夜が青白い顔をしてうつむいていた。
「気分でも悪いのか?」
「いえ、大丈夫です。すみません…。急ぎましょう、朱里さん」
顔を上げて小さく微笑む小夜。だが顔色は優れない。
「…辛かったら言えよ。倒れられても困るからな」
そうして二人は再び歩き出す。
朱里は時折小夜の様子を振り返りながらゆっくりと歩を進めた。
しばらくすると小夜も元の調子に戻ったようだった。
「そろそろ次の町に着く頃だな」
「新しい町ですねっ。楽しみです!」
にこにこと楽しそうに笑いながら辺りを見回している。
朱里はそんな小夜を横目でちらりと見た。
とても元気そうだ。無理しているとか、そんなふうには見えない。
(さっきの辛そうな顔はどこ行ったんだ?俺、なんか悪いこと言ったっけ)
はて、と首をかしげる。
そんな朱里に、前のほうで走り回っていた小夜が声をかけた。
「朱里さん、次の町では何をするんですか?」
その問いに朱里は即答する。
「仕事に決まってんだろうが」
「仕事?」
とたたた、と犬のように小夜が駆け寄ってくる。
「そういえば朱里さんは泥棒さんでしたね。私と最初に出会ったときも、盗みに来られてて…」
笑えないような出来事をとても大切そうに語る小夜。
しかしその言葉を朱里は途中で制した。
「ちょっと待った。前から思ってはいたが、俺は泥棒じゃねえぞ。れっきとした名前があるんだ、トレジャーハンターっていう」
「…えっと、それは泥棒とどう違うのでしょうか」
小夜が困った顔で朱里を見る。
朱里は腕を組んで口を開いた。
「全っ然違うんだよ。いいか、トレジャーハンターってのはちゃんとした職業なんだ。そこら辺のこそ泥みたいに安っぽい物なんか盗まねえんだよ。俺らハンターが盗るのは、歴史的価値のある物とか、めちゃくちゃ高価な物とかだけだ。二度と泥棒と一緒にすんなよ!」
「は、はいっ」
朱里の迫力に押されて、小夜はコクコクとうなずく。
「それで今回は何を盗まれるんですか」
少し考え込んだ後、朱里は小さく笑って、
「時間でも盗んでみるか」
遠くに見える、高い塔の時計盤を指差した。