(なんて顔するんだ、こいつ)

朱里には理由がまったく分からない。
無理もない。
彼はまだ彼女のことをほとんど知らないのだから。

いや、彼自身は知っているつもりなのかもしれない。

ドジで世間知らずな王女様。

本当はたったこれだけのことしか知らないのだ。

彼女の心の傷には気づくこともない。
そもそも小夜自身も把握してはいないのだが…。

すべては小夜の心の奥深く、意識の底に隠された影。


小夜の変わった様子に、朱里は頭を掻いた。なんともばつが悪い。

「おい、こんなところでトロトロしてたら城の奴らに捕まっちまうぞ。城に戻りたくないなら少しは急げよな」

無理に小夜の腕を引いて進もうとした朱里は、ふと小夜の手が小刻みに震えているのに気づいた。

振り返ってみると、小夜が青白い顔をしてうつむいていた。

「気分でも悪いのか?」

「いえ、大丈夫です。すみません…。急ぎましょう、朱里さん」

顔を上げて小さく微笑む小夜。だが顔色は優れない。

「…辛かったら言えよ。倒れられても困るからな」

そうして二人は再び歩き出す。

朱里は時折小夜の様子を振り返りながらゆっくりと歩を進めた。


****



しばらくすると小夜も元の調子に戻ったようだった。

「そろそろ次の町に着く頃だな」

「新しい町ですねっ。楽しみです!」

にこにこと楽しそうに笑いながら辺りを見回している。

朱里はそんな小夜を横目でちらりと見た。

とても元気そうだ。無理しているとか、そんなふうには見えない。

(さっきの辛そうな顔はどこ行ったんだ?俺、なんか悪いこと言ったっけ)

はて、と首をかしげる。

そんな朱里に、前のほうで走り回っていた小夜が声をかけた。

「朱里さん、次の町では何をするんですか?」

その問いに朱里は即答する。

「仕事に決まってんだろうが」

「仕事?」

とたたた、と犬のように小夜が駆け寄ってくる。

「そういえば朱里さんは泥棒さんでしたね。私と最初に出会ったときも、盗みに来られてて…」

笑えないような出来事をとても大切そうに語る小夜。

しかしその言葉を朱里は途中で制した。

「ちょっと待った。前から思ってはいたが、俺は泥棒じゃねえぞ。れっきとした名前があるんだ、トレジャーハンターっていう」

「…えっと、それは泥棒とどう違うのでしょうか」

小夜が困った顔で朱里を見る。
朱里は腕を組んで口を開いた。

「全っ然違うんだよ。いいか、トレジャーハンターってのはちゃんとした職業なんだ。そこら辺のこそ泥みたいに安っぽい物なんか盗まねえんだよ。俺らハンターが盗るのは、歴史的価値のある物とか、めちゃくちゃ高価な物とかだけだ。二度と泥棒と一緒にすんなよ!」

「は、はいっ」

朱里の迫力に押されて、小夜はコクコクとうなずく。

「それで今回は何を盗まれるんですか」

少し考え込んだ後、朱里は小さく笑って、

「時間でも盗んでみるか」

遠くに見える、高い塔の時計盤を指差した。



prev home next

10/46




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -