「…何へらへらしてんだ、お前」

「えへへ。春ですね、朱里さん。ピクニックでもしてみませんか?」

「はあ?しねえよ、そんなもん。それより早く町出ないといけねえだろ。第一、王女様がピクニックなんてするもんなのか?」

それに答えるように小夜はにっこり笑ってみせる。

「王女だってたまにはピクニックがしたいんです。だって、こんなに気持ちのいいお天気なんですから──」


*****



「──王子…紫音王子!」

誰かに呼ばれて、その黒髪の少年は後ろを振り返った。

15、6歳くらいだろうか。
長めの前髪にまだ幼さの残る顔には不機嫌さが漂っている。

「…見つかったのか?」

座っていた椅子から立ち上がると、少年は窓の外を眺めるように背を向けたまま、扉の前に立つ兵士らしき人物に尋ねた。

兵士は一度敬礼し、喋り始める。

「いえ。その件ではなく、王様が王子をお呼びになっております。どうぞ、謁見の間にお見えください」

用件を言い終えると、兵士はすぐに部屋を出ていった。

重厚そうな音を立てて扉が閉まる。


「…まだ、なのか…」

王子と呼ばれた少年は小さく呟くと、兵士の出ていった扉にはめられた紋章を見つめた。

それは竜をモチーフにしたハンガル国の紋章であった。


****

 

ようやく町の外れだ。

朱里は小さく安堵の息をついた。

前方には木々が茂る森が広がっている。

「まだ城からの警備は集まってないみたいだな。楽に町は出られるが…」

「うわあ、新しい町に行くんですねっ。あまり外へ出たことがないので本当に感激です!がんばりましょうね、朱里さん」

何を頑張れというのか。
一人で盛り上がっている小夜を横目に、朱里はため息をついた。

(本気でこれからずっとこいつが一緒について来るのか。これじゃろくに仕事もできねえ気がする…)

「どうしました?朱里さん」

「いや…」

しかしそれもこの嬉しそうな小夜を前にして、とても言えるわけがない。

(いっそここで警備の奴らが出てきて、こいつ連れてってくれねえかな)

そんな場面を想像してみる。

だが実際そんなことになったら、きっと自分は小夜を連れて逃げるのだろう。

「俺、本当にこいつの親にでもなっちまったのかな…」

ぼそっと呟いた後で、自分の言葉に自分で落ち込んだ。





「そういえば朱里さん。城の宝物はもうよかったんですか?」

ふと小夜が訊いてきたのは、二人が森の中を歩いている最中のことだった。

「宝?そういや色々あってすっかり忘れてたな。確か東国からの貢ぎ物だろ。漆器か、香辛料ってところだろうな。結構いい値で売れて…なんだよ。なんでそんなしかめっ面してんの、お前」

「そんなに高価な物なんですか、あれが?」

「あれって何だよ。知ってるなら教えろよな」

小夜はうなずきながらも、珍しく渋い顔をしている。

「あれはお父様が東国のお店に特注された、お父様専用の──カツラです」

「…カツ、ラ…?」

一瞬にして朱里の目は点になった。

「それは…高価なのか?」

「どうでしょうか?お父様はとても大事になさっていましたが」

朱里の頭の中に、食堂での男たちの会話が再現された。


『なんたって、王様が毎日肌身離さず持ってるって言うんだからな』


(…肌身離さず…)


「…だからか。どうりですごい貢ぎ物のわりに警備が手薄だったと思った。カツラならカツラって初めから言えってんだ」

重いため息をつく。

「わざわざ城まで行って損した…」


「でも…」

小夜の声に、朱里はうつむけていた顔を上げた。視線が合う。

「そのおかげで、私は朱里さんに出会えました。城から出て、初めて宿屋に泊まって、こうして初めて町の外に出ることができました。"初めて"をたくさん感じられて、私はすごく嬉しいです。朱里さんは楽しくないですか?」

朱里のほうに身を乗り出して懸命に話す小夜の顔は、木々の緑から漏れる光に照らされていた。

「え、いや…別に」

あっさり否定する朱里。

「…ごめんなさい。そうですよね。私、朱里さんに迷惑かけてばかりですもんね…。楽しいわけないですよね…」

しゅんと肩をすくめて小夜は呟いた。前とは打って変わって暗い表情になる。

急に何か思いつめたような、そんな感じがした。


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