「うわあ、きれいな青空です。朱里さん、見てくださ…」
何気なく前に手を伸ばして服の裾をつまんだ小夜は、何か違和感を覚えて顔を前に向けた。
そこには見知らぬ少年が、少しびっくりしたような顔で小夜を見下ろしているのだった。
「あれ?どなたですか?」
小夜が相手の服の裾をつまんだまま尋ねると、少年は困ったように、
「いや、それ…俺の台詞だと思うんだけど」
彼は横にいた少年の友人らしき人物に、助けを求めるように目をやった。
「え、何?もしかして誘ってんじゃねえの?いいよ、三人で遊ぼうぜ」
「おい?」
「いいじゃんいいじゃん。この子よく見たらすっげえ可愛いぜ。遊んどいたほうが得だって。な?」
こそこそと話をすると意見がまとまったのか、二人の少年は小夜に向き直り手を差し出してきた。
きょとんとする小夜の腕をなかば強引に引っ張りながら少年たちは歩き出す。
「あれ?何でしょうか。朱里さんはどこに…」
小夜は深く考えることもせず、少年たちに導かれるがまま後に従うのだった。
「ん?」
後ろに小夜がいないことに気づいて朱里は立ち止まった。
ついさっきまで何か叫びながら付いてきていたのに、と首をかしげる。
「どこ行ったんだ、あいつ。…ったく、もう迷子かよ」
辺りを見回すとずっと後方に、小夜の姿が見えた。
よく見ると、見知らぬ少年二人がその手を引いている。
「あんの馬鹿…。いちいち面倒かけやがって」
「ほら、こっちだよ。楽しいところがあるんだ」
その少年の言葉を真に受けて、小夜は嬉しそうに顔を輝かせた。
「楽しいところですか?うわあ、早く行きたいですっ」
きょろきょろと辺りを見回す。
(あ、でもそれなら朱里さんも一緒に行ったほうが楽しいですよね)
そう思って小夜がその場に立ち止まったときだった。
「おい」
呼ばれて少年と小夜は後ろを振り返る。
そこには不機嫌そうな顔をした朱里が立って、三人を見ていた。
「あっ、朱里さんっ」
小夜がパタパタと朱里のほうへ走り寄る。
彼女は朱里を見上げると、その瞳を輝かせて言った。
「よかったら朱里さんもご一緒しませんか?あの方たちがこれから楽しいところへ連れていってくださるそうなんです!」
二人の少年を指差すと、彼らはびくっと肩を揺らした。
「へえ。楽しいところ…ねえ」
朱里がそちらに目をやる。
そして口の端を持ち上げて見下ろすように言った。
「どこに連れてくつもりだったんだろうなあ?飯屋か?それとも…」
朱里の鋭い視線に一瞥されて、少年たちは呆気なく走り去っていく。
残された小夜は目を丸くして、二人の消えた方向を眺めているようだった。
「あ、あれ?」
そんな小夜の頭を軽くこづくと、朱里はため息混じりに言ってやった。
「こんのあほ!知らない奴には付いていくなって親に習わなかったか…って、そうだよな。そんなの知ってたら初対面の、しかも泥棒なんかに付いてこねえもんな。まさか一から俺が教えなきゃなんねえのかよ。なんかこいつの親になった気分だ…」
最後のほうはほとんど独り言の呟きだ。
肩を落とす朱里に、小夜が言う。
「ごめんなさい…。でも朱里さんが私のお母様になってくださるんですか?私、ずっと幼い頃にお母様を亡くしてしまいましたから、新しいお母様ができるなんて夢のようですっ!」
なぜか頬を赤くした小夜は、興奮ぎみに朱里を見上げてくる。
「ち、違う!別に俺はお前の親になる気はねえ!第一、男の俺がなんでお母様なんだよ。せめて父親だろ。父親!」
「あっ、すみません。お父様ですよね。でも、そうすると私…お父様が二人もいらっしゃることに…。どうしましょう、朱里さん」
「どうしましょうってお前…。もう何でもいいから、ほらっ。出発するぞ」
混沌を極め始めた会話を無理やり終わらせて、小夜の腕を掴むと朱里は元の道を歩き始めた。
今度は小夜の歩幅に合わせて歩く。
それに気づいたのだろうか。朱里の後ろをついて行く小夜が、嬉しそうに顔をほころばせた。
「…っはい!朱里さんっ」
朱里の横に並んで、彼女は隣にある顔を見上げる。
その後ろには綺麗な青空が広がっていた。
なんだかすがすがしい気分だ。