しばらくして部屋の扉が開かれた。
小夜が振り返ると、そこには紙袋をいくつも抱えた朱里が立っていた。
「どうかしたのか?」
小夜の様子がわずかに違うのに気づいたのか、尋ねる朱里に、小夜は首を振って微笑む。
「いいえ、なんでもないですよ」
「ならいいけど。買ってきたぞ。服と靴と、あとまだ少し寒いから上着も」
朱里がそれらを紙袋から出してみせると、小夜は嬉しそうに両手を合わせた。
「ありがとうございますっ。私、着替えますねっ!」
ごそごそと、今まで着ていた寝巻きを朱里の目の前で脱ぎ始める。
朱里は目を丸くしてそれを見ていたが、小夜が下着姿になったところで我に返り、慌てて彼女に背を向けた。
「馬鹿やろう!突然脱ぎ始めんじゃねえ!お前女だろ!なら隠れて着替えろ!」
叫んで、そのまま部屋を飛び出していく朱里。
ちらりと見えた耳は真っ赤だ。
小夜は目をぱちくりさせてその後ろ姿を見送りながら、首をかしげる。
「…どうして朱里さん、あんなに怒ってらっしゃったのでしょう…?」
原因が自分にあるとは気づきもしない小夜であった。
それから数分後、着替え終わった小夜が部屋を出ると、廊下の壁に寄りかかって朱里が待機していた。
「朱里さんっ」
駆け寄ってくる小夜に気づいて朱里が視線を向ける。
「着替えました。どうでしょうか?」
小夜がくるりと回ってみせる。
濃い赤のワンピースの裾がその動きに合わせてひらりと揺れた。
つるりとした膝小僧が見え隠れする。
一見したところ普通の町娘の格好だが、やはり全身から漂う育ちのよさは隠せないらしい。
「ああ」
小夜の問いに朱里はそれだけ答える。
「変じゃないですか?」
「別に変じゃねえよ」
「似合ってますか?可愛いですか?」
小夜が言いながら朱里にずいずい迫ってくる。
顔を至近距離まで寄せてくるものだから、思わず朱里は素直に口に出していた。
「ああ、もう!可愛いよ、可愛い」
それを聞いて、小夜の顔がぱあっと輝く。
「本当ですかっ?嬉しいです!朱里さんありがとうございますっ」
目に涙までためて喜ぶ小夜の姿に、朱里はわずかに苦笑した。
(ここまで喜んでもらったなら、そりゃあ大事な金はたいてまで買った甲斐はあるけどな)
ただ。
「見てくださいっ!朱里さんが可愛いって言ってくださったんですっ」
横を見ると、小夜が周囲の宿の客に服を見せて回っていた。
「あほ――っ!喜びすぎだー!」
その場に朱里の叫びがこだました。
その頃、城では王女が消えたとあって大変な騒ぎになっていた。
ハンガル国の王子との結婚も迫っているのだ。なんとしても見つけなくてはならない。
「ちょっと聞いて聞いて。小夜様がいなくなられたそうよ」
「え?どうして?」
「さあ?よくは分からないけど、なんでもどこかの少年と一緒にここに入っていらっしゃって、その時にそこにいた兵が二人気絶させられたとか」
「まあ怖い。でもその少年って一体誰なの?」
「うーん。私が思うに、きっと小夜様の恋人よ。無理やり結婚させられるのが嫌で二人でお逃げになったのよ」
「それって駆け落ちってやつ?小夜様も見かけによらず大胆ねえ」
「でしょう?なんだかドラマチックよね。愛する人のためにすべてを捨てて、なんて」
「ええ。でもどんな人なのかしら?あんなにお美しくて可愛らしい小夜様の恋人でしょう?きっとすごく素敵な人なんでしょうね」
「そうよね。美形で背が高くて、優しい人なのよ、きっと」
廊下で立ち話をしていた侍女二人は、ほうっと息をついて呟いた。
「私たちも30になるまでには…」
そんな二人の目は、どこか虚ろに窓の向こう側に広がる青空を見つめていたのであった。
「朱里さん!待ってくださいっ!」
青く広がる空の下、小夜は朱里の後ろを、ほぼ走るのに近い早足で追いかけていた。
朱里は一人、すたすたと前を歩いている。
「はぁはぁ…疲れました。朱里さんは歩くのがお速いです」
足を止め、肩で息をしながら小夜は呟いた。そして空を見上げる。