第2章

世間知らずな王女の話





「ん…」

窓から朝日が差し込んだ。遠くで鳥のさえずりが聞こえる。

いつもと何も変わらない朝。

朱里は日差しのまぶしさに目を細めながら起き上がった。

「ふわあ…いてっ」

伸びの途中で背中と首に痛みが走る。

「いてててて、くそっ」

首を回しながら立ち上がると、朱里は側にあるベッドをじと目で見た。

そこにはかすかな寝息を立てながら、あどけない寝顔をさらして小夜が眠っていた。


****



それは昨晩のこと。

ベッドに入ろうとした朱里を小夜が引き止めて、困ったように告げた。

『私はどこで眠ればよいでしょうか…?』

周りを見回すが、もちろん他にベッドはない。

『そういや、そうだな。じゃあ…』

自分を見つめる小夜に気づき、

『このベッドで寝ろよ。俺はそこら辺で寝るから、もう!』

仕方なくベッドを彼女に譲ってやったのだった。


****



「あーくそ。体中が痛え。やっぱり床で寝るのは無理があるな」

言いながら手早く着替えを済ます。

ベッドに近寄ると、小夜の体にかかっている毛布を容赦なく剥ぎ取った。

「起きろよ。もう夜明け過ぎてるぞ」

「ふえ…。おはようございます…」

小夜が目をこすりながら起き上がる。

そして朱里の顔を覗き込むと、いきなりその頬に軽く唇を押し当てた。


「…は?」

固まる朱里。

小夜は何事もなかったかのように立ち上がる。

「な、ななにを…!?」

「朱里さん?どうかしましたか?」

「どうかって、お前今っ…」

慌てる朱里に小夜がきょとんとした顔で答えた。

「今のはおはようの挨拶ですけど」

「あ、あれが挨拶!?お前城でもこんなことやってたのか?」

はい、とうなずく小夜。

「私はずっとそうですけど。朱里さん?」

朱里は顔をひきつらせた。

「…いいか。今度からは絶対こんなことするな。特に、知らない奴には死んでもするな!」

「は、はい」

朱里の剣幕に気圧されて小夜がコクコクとうなずく。

(大丈夫かよ、こいつ。ちゃんと分かってんのか?)

眠たそうに目をこする小夜を横目で見つつ、朱里は胸に一抹の不安を抱くのであった。

だが、不安も一つにはとどまらない。





「そういやお前、着替えがいるよな」

寝間着姿で部屋をうろつく小夜に、朱里が言う。

城から身一つで出てきたのだ。当然ほかに着るものはない。

「いつまでもそのままじゃまずいし、俺が適当に買ってきてやるよ。言っとくけど、絶対この部屋の外には出るんじゃねえぞ。分かったな」

「はいっ。ここで朱里さんを待ってます」

小夜がうなずくのを確かめて、少し不安を感じながらも朱里は部屋を後にした。

服屋はこの宿の向かいにあったはずだ。

記憶のとおり、道を挟んだ向かいに服屋を見つけた朱里は、さっそく適当なものを探し始めた。


****



その頃小夜は朱里に言われたとおり、部屋で一人窓の外を眺めていた。

朝の澄んだ空気がとても心地いい。

ふと、視界の端に見慣れた城が映った。
小夜の顔が曇る。

今頃みんなは自分を捜しているだろうか。

そんな小夜の頭に父の姿が浮かんだ。

小夜の母が11年前の戦争で亡くなってからはずっと、王である父が彼女を育ててくれた。
だからこそ小夜も父のために頑張ってこれた。

無理だと思うことも必死でやった。
だけど今回は本当に無理だ。できない。

どれだけ父に迷惑がかかるのかはよく分かっている。
それでも、結婚だけは了承できなかった。

父の悲しむ顔を脳裏に浮かべながら、こればかりは仕方のないことだ、と小夜は自分に言い聞かす。

何も、好きな相手ではないから嫌だ、と言っているわけではない。そんなことは建前でしかなかった。


本当の理由、それは。


結婚相手が、ハンガル国の王子であるということだった。


小夜は城から目をそらすとうつむいて呟いた。

「みんなが忘れても私は忘れません。忘れられません…」

ぎゅっとこぶしを握り締める。



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