「泥棒さん?何をしていらっしゃるんですか?」

ひょこっと小夜が覗く。

「出かける支度だ」

顔を荷物の方に向けたまま朱里が答えた。

それを聞いた小夜は少しの間考える仕草をして、

「では私もお手伝いします!何をすればよろしいでしょうか」


「城に戻れ。今すぐにだ」


即答だった。

小夜は目を丸くして、それから悲しそうな顔をした。

「これ以上俺に付きまとうな。俺はお前の面倒なんか見るつもりもないし、一緒に行動するつもりもない。迷惑だ。城を出たいなんて、たかだか金持ちの姫様のわがままに俺を巻き込むな。城を出てどうやって生きていくのか考えてもないだろ?所詮はお遊びなんだよ。分かったらとっとと帰れ」

荷物をまとめて立ち上がると、朱里は小夜を一瞥することもなく扉に向かって歩き出す。


「…違います」

背後から小さな声が聞こえた。

振り返ると、真剣な顔でこちらを見上げる小夜と視線が合った。

「なんだって?」

「…遊びなんかじゃありません。確かに泥棒さんの言うとおり、私はこれからどうするかなんて考えないで出てきました。でも、これでも必死なんです。中途半端な気持ちで泥棒さんに付いてきたわけじゃありません…!」

初めて強い口調で、小夜はそう言い切った。

朱里は苦笑を漏らす。

「じゃあ、俺に付いてくるためなら何でもするっていうのか?どんな嫌なことでも?」

「はい!何でも言ってくださいっ」

こぶしを握りガッツポーズらしきものをとる小夜。

笑みを浮かべたまま、朱里が手にしていた荷物をその場に置く。
何か硬い物が床に当たる音が室内に響いた。


「お前の意気込みが本当かどうか、俺が確かめてやるよ」

無防備に座り込んだ小夜に近づき、手を伸ばす。
こちらを見上げる小夜の顔に影が落ちた。

「どんなことでも、するんだろ?」

もうその顔は笑ってなどいなかった。

「泥棒さん?」

小夜の小さな体をあっという間に押し倒すと、朱里はその上に馬乗りになった。

細い手首を掴んで床に張りつける。


気づけば、小夜は身動きの取れない状態になっていた。

「何、ですか…?」

怯えの浮かぶ小夜の顔をじっと見下ろす。

繊細な長いまつげに縁取られた黒目がちの瞳は、現状を理解しようとせわしなく動いていた。

薄い桃色に色づいた小さな唇の奥に、温かそうな舌が覗いているのが見えた。

「決まってるだろ。お前が何でもするって言うから、こうして俺の役に立ってもらおうとしてるんだよ」

言うと、朱里は小夜の城から出てきてそのままの寝巻きの裾に手を滑らせた。
唇を白い首筋に寄せる。


…が、小夜は抵抗しようとする気配すらない。


「?」

朱里は眉をひそめつつ顔を上げた。
小夜の戸惑うような視線と交わる。

「…なんでお前、抵抗しないんだよ」

その言葉に小夜が目を瞬かせる。

「えっと、すみません。私、何をしてらっしゃるのかよく分からなくて…。でも泥棒さんのお役に立てるのならと思って静かにしていたのですが…抵抗したほうがよかったでしょうか?」

真剣に自分を見上げる小夜に、朱里は思わず眉を寄せていた。

「…お前、まさか知らないのかよ。まあ姫様だから仕方ないといえば仕方ないような気もするけど…って、お前が嫌がらなきゃこんなことした意味ねえのに。俺はとっとと帰ってもらいたいだけなんだけどな」

頭をくしゃっと掻いて体を起こしたところで、自分を見つめる目に気がついた。

「なんだよ?」

横たわったまま朱里を見るその目には、不安の色がにじんでいた。

「どうしても…駄目ですか?」

「駄目だ」

「どんなに頑張っても?」

「駄目なものは駄目だ」

しゅんと肩を落としてうなだれる小夜。

その表情は朱里からはよく見えない。
放っておけば泣き出してしまいそうな気配もする。


(このまま素直に帰ってくれそうもないしな)

少しの間悩んだ末に、朱里はあることを思いついた。


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