第1章

一人の泥棒と少女の話





闇と静寂が漂う真夜中の道を、一人の少年が歩いていた。

電球が切れかけているのか、チカチカと消えたり点いたりする街灯が、彼の整った顔立ちを照らしている。


少年の名は朱里(しゅり)。

珍しい銀髪に端正な顔立ちをしているが、その大きな目のおかげで年齢よりも若く見られがちである。

実際彼は17歳なのだが、その容姿からは14、5歳ほどにしか見えない。

これが彼の最大のコンプレックスでもあったりする。


ちなみに日々の稼ぎに関しては、一般的な大人のそれを余裕で上回っていた。

その理由は彼の仕事にある。

よく言えば"トレジャーハンター"、悪く言えば"泥棒"ということになるが、彼自身は前者の言葉を好んでいる。

つまり、人の物品を盗んで現金に換え、それを日常での糧としているわけだ。




しばらく歩いた後、朱里は一つの建物の前で足を止めた。

そこを見上げる。

ここが彼の今回の目的地なのだろう。

問題は、それがこの国マーレンを治める国王の住む城だということだった。


****



きっかけは、この日の昼ごろ。

食堂で後ろに座る男たちの話が、朱里の耳に入った。
その内容は彼にとってかなり興味深いものだった。

『おい、知ってるか。なんでもここの城に東国から貢ぎ物があったらしくてな、そいつはすごい物らしいぞ』

『へえ。どんな物なんだ』

男の返答を、朱里も焼肉定食についているサラダを口に運びつつ待つ。

『知らねえ。けどすごい物はすごいんだってよ。なんたって、王様が毎日肌身離さず持ってるっていうんだからな』

その言葉が決定打となり、朱里は今回その貢ぎ物を盗むことを決心したのだ。

そして今に至る。


****



「…よし、行くか」

そう呟くと、彼は助走もなしに跳躍し、そのまま高い城壁をいとも簡単に乗り越えて中に侵入した。

周りを見回すが、警備らしき者はいない。

(すごい貢ぎ物があるっていうのにずいぶん物騒だな。そんなに盗まれない自信があるってことは、どこかにトラップが張ってあると考えたほうがいいか)

さすがに正面から乗り込むのは諦め、窓から侵入を試みる。
一階よりは二階のほうが警備が手薄だろうと、壁をよじ登った先のテラスから部屋の窓の鍵を外す。

ここまでは容易だったが、これからどうなるか。


窓から部屋の中を覗くと、室内には灯りが点っていないようだった。

(誰もいないみたいだ)

音もなく窓を開け、中に入る。
途端、花の香りが鼻をくすぐった。

香を焚いているのだろうか。
辺りに視線を向けると、左手のベッドの上で誰かが眠っているのがぼんやり見えた。寝息が聞こえる。

(やべっ!早く出ねえと)

足早に部屋の扉を開いた朱里はさらに驚いた。すぐ側に警備員が立っていたからだ。
動揺を押し殺して、なんとか扉を閉める。

冷や汗が彼の背を伝った。

「…ぎりぎりばれなかったよな…?」

呟いて顔を上げた朱里は、今度こそ完全に固まった。
一つの顔が彼を見ていたからだ。

「誰…ですか?」

寝ぼけたような声で尋ねて、その影はベッドから下りると、扉の前で固まる朱里に近づいてきた。

(挟まれた…)

前にも後ろにも逃げ場はない。

「…すみません。よくお顔が見えないんです。警備の方でしょうか」

運よく月は雲に隠れていて、部屋の中は真っ暗だ。
相手からこちらの顔は見えないだろうし、こちらからも相手の顔はまったく見えない。

しかし。

「もしかして、泥棒さん…ですか…?」

(…ばれた!)

慌ててテラスのほうに駆け出そうとする朱里の腕を、人物が引き止める。
朱里がその手を振り払おうとした、そのとき。

「小夜様?どうなさいました?」

部屋の扉がノックされる音が響いた。

(…もう駄目だ…)

捕まることを覚悟した朱里は、ぎゅっと目をつむる。

だが、事態は彼の思うようには進まなかった。

「こちらに隠れていてください」

扉の側のクローゼットに彼を押し込み、人物がそうささやいたのだ。

呆然とする朱里をよそに、その人物はクローゼットを閉め部屋の扉を開けた。

向こうに立っていたのは、物音を聞きつけた先ほどの警備員だった。


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