milimili


2020, 12, 25




「朱里さん、どんどん召し上がってくださいね!」

「はいはい、食ってるって」

窓の向こうの夜空にちらつき始めた白雪を横目に、朱里はテーブル向かいの相棒に適当な相槌を返した。

昼間のうちに二人そろって飾りつけを施した室内は、手作り感溢れる温かな雰囲気に包まれていた。幸せというものを具現化したら、きっとこんな風になるのだろうなという感じだ。

ディナーは部屋で取ろうという小夜の提案の下、宿に備え付けの小さな丸テーブルの上は、華やかな料理の数々で埋め尽くされた。

幸せそうに笑う小夜を見て、気持ちが和んだのも束の間。

朱里はなぜか今、頭を抱えていた。

目の前にはチキンやらオードブルやら美味そうなご馳走がずらりと並んでいる。
にもかかわらず彼の顔色が優れないわけは、向かいの席の相棒にあった。


いつものようににこにこ笑顔の花を咲かせる小夜の前には、琥珀色の飲み物が入ったグラスが置かれている。

それを手に取ると、小夜はこくこく飲み込んで一層満足そうに頬を緩めた。

「…あのさあ、そろそろそれくらいにしといたら…」

朱里が遠慮がちに忠告するも、小夜はあっけらかんと笑って答える。

「でもこれ、すっごく美味しいんですよ!朱里さんもいかがですか?」

「いや、俺はいい…」

差し出されたグラスを、首を振って拒否する。

まさか、今年は小夜が餌食になるとは…。

朱里の記憶は一年前に遡る。
あのときは朱里が完全に酒に飲まれ、挙げ句何かをやらかしてしまったらしいと後で知った。

もう二度と酒なんて口にするかと決心していたのだが、油断していた。

店で小夜が買ってきたらしいドリンクに酒が混じっており、しかもそれをジュースと勘違いした小夜が飲んでしまうとは。

朱里が気づいたときには、もはや小夜は泥酔状態になっていた。

「…ほんとそこら辺でやめとけって」

「えへへへへー」

謎の笑いを漏らして小夜の首がこてんと傾げられる。

「なんなんだよ、お前は…」

実は去年の朱里も似たような酔い方をしていたのだが、当の本人は知る由もない。

「それ以上飲んで気持ち悪くなっても知らねえぞ。この酔っ払い」

「酔ってなんてませんですよー」

なおも小夜は頬を赤くしてへらへら笑う。

これのどこが酔ってないと言うのだろう。へべれけ状態もいいところだ。

「ほらこのとおり、しっかり歩けますし」

突然席を立ち上がった小夜がわざとらしく膝を大きく上げて前進するが、明らかにその足取りは危うい。

ふらふらと体を揺らしながら、小夜は窓際に設けられたベッドの端に半ば倒れ込むように腰を落とした。

そのままころん、と左肩を下にして体を横たえる。

「ふわあ、気持ちいいです」

とろけそうな笑顔を浮かべてシーツを撫でる小夜に、朱里が一言。

「お前絶対そのまま寝る気だろ」

「ちょっと休憩するだけですよ」

言葉のわりにそのまぶたはとろんと重そうだ。

やれやれ。今夜は一人で過ごすことになりそうだな。

無人の向かい席を見てため息をついたとき。

「ねえ、朱里さん」

呼ばれて顔を向けると、小夜がベッドに寝そべったまま朱里のほうを見つめていた。

「今夜は一緒に寝ましょうね」

言って微笑む。

なかなかに刺激的な誘いだが、クリスマスの晩はそれが毎度のことなので、朱里も特に動揺せず「ああ」と軽く返してグラスに口をつける。

すると小夜が笑って続けた。

「あと、お風呂も一緒に入りましょう」

思わず口に含んだ飲み物を吹きそうになった。

さすがにこれは刺激が強すぎたらしい。

朱里は顔を真っ赤にして答えた。

「風呂は一人で入れ!」

「えへへー」

断られたにも関わらず、小夜は気にする風もなく微笑んだまま次のお願いを考えているらしかった。

「…あと、それから…」

まだ何かあるのか、と怖々続きを待つ朱里の視界に窓の外を舞うぼたん雪が映り込んだ。

どうも冷え込むなとは思っていたが、明日の朝には一面銀世界になっているかもしれない。

ぼんやりそんなことを思っていると、小夜の声が届いた。

「…明日も、明後日も、明明後日も…今日みたいに、ずっと一緒に…」

途切れ途切れに紡がれた声は、最後までは聞こえてこなかった。

見るとベッドの上には完全にまぶたを閉じて眠る小夜の姿があった。

朱里は苦笑を漏らしてベッドに歩み寄る。

膝を折って小夜の顔を覗き込むと、かすかな寝息が聞こえてきた。

頬にかかった髪を避けてやりながら、朱里は答える。

「ばーか。一年だろうが十年だろうが、お前が望むまでずっと一緒にいてやるよ。当たり前だろ」

笑って、小夜に毛布をかけてやる。


一人ディナーの並ぶテーブルに戻った朱里は頬杖をついて、向かいの席を見つめる。

なんだかやけに胸がふわふわしているのは、飲んでもいない酒のせいだろうか。


頬杖の奥に緩んだ頬を押し隠して、朱里は相棒の残した琥珀色に煌めくグラスをいつまでも眺め続けているのだった。






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