milimili


2019, 12, 25



みなさん、事件です。
朱里さんがとんでもないことになりました。


「さーよ!」

見たこともないくらい満面の笑みで私にハグをしてくる朱里さん。
その呼気からはお酒の匂いが漂っています。

そう。
朱里さんはお酒が入ると、絡みの混じった笑い上戸になる方だったんです。



アールがワインを片手に私たちの元を訪ねてきたのは、ほんの一時間くらい前のことでした。

「イブは遠慮したんだから、クリスマスの夜くらい一緒に祝わせてもらってもいいよね」

有無を言わせぬ物言いで宿の部屋に入ってきたアールは、酒のつまみのチーズやスナックをテーブルに並べると、さっそくワインの封を解きました。
私はいつかのクリスマスにお酒で朱里さんにご迷惑をかけたので遠慮したんですが、朱里さんはアールに付き合ってワイングラスを手に取っていました。

それから間もなくして、事件は起きました。

「わはははは!」

いきなり朱里さんが声を上げて笑い始めたんです。
それはアールが私との昔話に花を咲かせていたときのことでした。
驚く私とアールの前で、朱里さんは無邪気な笑顔で言いました。

「お前そろそろ帰れば?」

それはアールに対しての言葉のようでした。
どういう意味で言っているのか私もアールも分からず黙っていると、朱里さんの腕が私のほうに伸びてきました。

「俺はさあ、こいつと二人きりがいいの!」

突然肩に腕を回されて、私は朱里さんの胸に押し付けられていました。
普段人前でこういうことができる方ではないので、とにかく驚いて私は声も出ませんでした。
胸の中から顔を見上げると、朱里さんはにっこり笑って、

「お前も俺と二人きりがいいよなー?」

本当に無邪気に訊いてきました。
私は無言のままアールと顔を見合わせました。

ひょっとして。

テーブルの上の空いたグラスに二人の視線が向かいます。

ひょっとして…もしかしたら、朱里さん……酔っ払ってる…?

浮かんだ一つの可能性に、正解!とでも言うように、朱里さんがグラスにワインを並々と注いで一気にあおりました。


それから大して時間も経たないうちに、アールはそそくさと部屋から退出していきました。
酔って私を離そうとしない朱里さんを置いたまま…。

「朱里さん、これ以上は飲まれないほうが…」

「んー?これで最後にしとくから大丈夫!」

笑いながら朱里さんはグラスの中のワインを喉に流し込みました。

実は私のこの台詞、もう三度目になります。
朱里さんからのこの返事も三度目です。

ワインのボトルの中身がなくなってきた頃、朱里さんはようやく飲むのを諦めてくれました。

「なあ、さよー」

相変わらず私のことは離してくれません。

「は、はい?」

「せっかく二人きりになれたんだから、なんか楽しい話しようぜ」

「ええと、どんなお話がいいでしょう?」

朱里さんはお酒で赤くなった顔をキラキラさせて答えました。

「お前が俺のことどう思ってるかって話!」

「どう?思ってるか?」

思わずオウム返しすると、朱里さんは勢いよく首を縦に振りました。
私は必死に言葉を探しました。

「えっと、いつも私を側で支えてくれて…」

うんうんと相槌が返ってきます。

「優しくて、頼りになって、でも可愛らしいところもあって…」

これ以上何と言えばいいのか困っていると、朱里さんが首を傾げて尋ねてきました。

「つまり俺が好きってこと?」

まるで女の子のような仕草に、私は笑って答えました。

「はい。大好きです」

そのときの朱里さんの嬉しそうな顔は、本当に言葉では言い表せないくらいのものでした。
あんな顔で笑う朱里さんを見たのは初めてです。



結局その後、眠そうな朱里さんをなんとかベッドまで運ぶことができて、私は安堵の息を漏らしました。
うつ伏せに横たわってうつらうつらしている朱里さんを確認して、部屋の灯りを落としたとき。

「…小夜」

ふいに名前を呼ばれて、私は朱里さんの元に戻りました。
ベッドの側にしゃがむと、枕に頬を押し当てたうつ伏せの体勢のまま、朱里さんが私を見つめてきました。
なんだか小さな男の子のようです。

「どうしました?朱里さん」

思わず微笑んで訊くと、朱里さんは眠気でとろんとした目をこちらに向けたまま小さく笑って言いました。

「…俺もお前のこと、大好きだよ…」

目をパチパチさせる私の前で、朱里さんはそのまま、まぶたを閉じて寝息を立て始めました。
そのあどけない寝顔を見つめながら、私は今の彼の言葉を何度も頭の中で反芻してしまいました。

だって、初めてだったんです。

それは普段の朱里さんからは絶対に聞けない言葉でした。




翌日には朱里さんはいつも通りの彼に戻っていました。
ただ。

「…あったま痛え…」

ひどい二日酔いに苛まれているようではありましたが。
水を差し出す私に、朱里さんはこめかみを押さえながら尋ねてきました。

「…俺、昨晩の記憶がねえんだけど、何も変なことしてないよな…?」

昨夜の朱里さんの言葉を思い出して、私は頬が熱くなるのを感じました。
もしかしたらそれが顔色にも出てしまったのでしょうか。

「え!?」

朱里さんが私とは反対に顔を青ざめさせました。

「な…なんだよ、その反応…。まさかお前に何かしたのか…俺?」

「あ…ええと…」

言葉に詰まると、朱里さんの顔からさらに血の気が失せるのが分かりました。

「悪い…俺本当に何にも覚えてないんだ…。でも、責任は取るから!」

急に覚悟を決めた顔で私の両肩を掴んでくる朱里さん。
責任とは一体何のお話でしょうか?

「あと金輪際、酒も飲まない!」

「えっ」

つい声が出てしまいました。

昨夜のあの言葉は、朱里さんがお酒を飲んで酔ったからこそ聞けたものです。
お酒を飲まなければ、もう二度と聞けない言葉かもしれません。
それはなんだか寂しいです。

「…たまになら飲んでもいいんじゃないですか?昨夜の朱里さん、すごく素敵でしたし…」

ぽつりと呟くと、私を見る朱里さんの顔が途端に真っ赤になりました。

「いや…!こういうのは酔った勢いですることじゃないから!ちゃんとシラフのときに正々堂々と…!」

それは、私にはとても嬉しい言葉でした。

「それじゃあ私、待ってます」

微笑んで言うと、朱里さんの顔がさらに耳まで真っ赤に染まりました。
酔ってないときでもあの言葉を聞けるなんて、私はなんて果報者なんでしょうか。
色々ありましたが、今回の事件、私にとっては幸せを運んできてくれるもののようでした。

おしまい。




「…待ってる…?え?待ってる?」

朱里、プチパニック。
会話のすれ違いにお互い気づかない二人でした。





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