*Sample
よいのつき


こちらの話にはR18要素が含まれます。ご注意ください。



*どうぞお好きに召し上がれ


「先輩、相談があるんですけど」
 普段は底抜けな笑顔しか見せない後輩がやけに神妙な面持ちで声をかけてくるので、思わず結び直していた靴紐をいつもよりきつめに締めていた。
「……少し、良いですか」



「せっ……て」
「き、聞けるの先輩しかいないんです!」
 ここで話せる内容ではない、と言われ校舎裏に移動するなり飛び出た爆弾発言に半ば放心状態になっていると、顔を真っ赤にさせた瀬奈は困ったように意味もなく両腕を振った。
 セックスがどうしても気持ちよくなれない、なんて後輩に相談されて平静を装える人間がこの世のどこにいるんだろうか。
「修学旅行の風呂でくらいしか他の人の、その……それ、を見たことないんですけど、巽のちょっとサイズ感がおかしいというか」
「ちょっと待て、落ち着け柏本。それ俺に相談してどうにかなると思ってるか?」
 大胆に暴露を続ける瀬奈にストップをかける。部活終わりで本来であれば早急に去らねばならない校内でするべき相談内容ではない。内容が重すぎる。
「どうにか、っていうか……俺としては別に痛くても良いんですけど、向こうが気にするから」
 なんとも瀬奈らしい悩みに思わずため息をこぼす。
 人気者でクラスの中心にいる人生勝ち組なはずのこの後輩は、実の所は他人に合わせることが異常にうまいだけのはりぼての勝ち組なのだ。もう少し自分本位になっても良いだろうとは思うのだが、人の性格はそう簡単には変えられない。
「どっか寄るか」
「えっ?」
「そろそろ部室の鍵返しに行かないと。この後予定無いよな?」
 校舎裏から移動しながら靴箱で上履きへと履き替え校門へと向かう。何も言わずに一つ頷いた瀬奈も同じように二年生用の靴箱へ小走りで向かった。
「……柏本、必要ならあれ、呼ぶけど。どうする?」
 お互い男同士の関係であり、その方面でも何故か先輩扱いになっているが、猫塚自身セックスに関してあまり知識があるわけではなく、むしろその方面は恋人である武虎に一任しているところがある。
「……そっち方面聞いても巽にお願いできる気がしないんで、先輩の話が聞きたいです」
「そっか、分かった」
 駅の傍にあるファストフード店に入り、二人して一番安い商品とポテト、ジュースがセットになっているものを買って奥の方の席に陣取る。いつもなら部活終わりの学生で込み合う時間だったが、つい先ほど電車が来たせいかほとんどの学生はいなかった。
 既に店内に残っているのは電車通学ではない地元組であろう制服の学生とちらほらいる一般の客だけだ。
「まあ誤魔化してもしょうがないし単刀直入に聞くけど、井町くんのサイズがアレなのは別として慣らしってどのぐらいしてんの?」
「基準が分からないんで何とも言えないんですけど……指入れて、三本くらい入ったら……入れてます」
 言っている途中で恥ずかしくなったのか時折目をそらしながらストローに口を付ける。
「ローションとかは?」
「一応使ってますけど……あんまり意味ないって言うか、挿入れるとき、奥の方が特に痛くて」
「……もしかして、セックス以前に後ろ使うこと自体そんなに気持ちよくない?」
 その問いに困ったように眉を寄せながら小さく頭を縦に振る。わざわざ他人に相談するだけあってか、とんだ問題に直面しているようだ。
 元々の素質の問題もあるのかもしれないが、相手の愛撫の仕方にも関わってくる。現に自分も武虎に触られると平静を保てないほどに乱れてしまうが、自分自身で触っても違和感しか感じられないのだ。
「俺もあんまり武虎のする事しっかり見てるわけじゃないから何とも言えないけど……たぶん慣らしきれてないんだと、思う」
 やはり今からでもベテランを呼ぶべきか。しかし地元勢とは言え帰宅部の彼が今学校の近辺をうろついているかは定かではない。家に帰っているのならなおさら呼び出すのはかわいそうだ。
「俺初日は挿入れてないし、指も余裕があるときは四本くらいは入るようにしてる……と、思う」
 ズ、と瀬奈がジュースをすする音が響く。気を紛らわせるためにジュースばかりに手を付けていたせいで既になくなってしまったらしい。
「せ、先輩は……気持ちいいん、ですか、アレ」
 信じられないものを見るような、それでいて最後の頼みの綱に縋るような、中途半端に揺れる瞳をまっすぐに向けてくる。
「……あんまり、認めたくないけど」
 男としての何かが死ぬような気がして抱かれている事実から目を逸らし続けているが、続けることが困難になるほど痛くされたこともないし、武虎に触れられることを気持ち悪いと思ったとも無い。
「……素質、ないのかな」
 瀬奈は中身が残っていない紙カップの表面を指先で撫で、結露を集めて限界まで来たところで指を離す。大きな水滴になったそれは重力に耐えきれずにまっすぐにカップの底まで滑り落ちた。



*滲む空に蔓延る錆と、


「……っぁ、」
 声が聞こえる。全身が殴られた後のように怠くて、目を開けることすら億劫だった。
「や、ぇ……!」
 暗闇の中で声が響く。どこか聞き覚えのあるその声に、ぐらついていた意識は一気に覚醒した。
「あれぇ? 王子様なのに遅いお目覚めじゃないか」
「……は?」
 手を伸ばせば届いてしまう程の距離に猫塚の顔が映る。服は所々引きちぎられており、引き結んだ唇は震えていた。
「ぁ、」
 不意に合った瞳が揺れる。その口が何かを言いかけて、しかしそれは叶わず潰れたような喘ぎ声が漏れた。
 こいつらは、一体何をしている?
「おいおい武虎ぁ、お前まだ状況理解してない訳? それともショックで声も出ねえか?」
 目の前で笑う名前も碌に思い出せない男が猫塚の腰を掴み引き寄せると、嫌な水音とくぐもった喘ぎ声が響いた。
 犯されている。猫塚が、自分以外の人間に。
「ふ、ざけるなァ!」
 飛びかかろうとするも後ろ手に縛られた紐が食い込んで一歩すら踏み出せない。力任せに引きちぎろうと腕を動かすも、無駄に食い込んで皮膚を裂いただけだった。
「っはは、お前のそういう顔が見たかったんだよ!」
「こいつに手ェ出すなっつっただろ!」
「そんな約束律儀に守ったって楽しくないだろ?」
 腰だけ持ち上げられ、這い蹲るように顔を地面に押しつけた猫塚が、声を押し殺すためかひたすらに自分の指を噛んでいる。
「お前を殴るよりこっちのほうが楽しそうだと思ってな」
 目の前の手の届く場所にいるのに、どうしてやることも出来ない自分に酷く腹が立った。
「まあまだ“二人目”だからな、先は長いぞ〜ネコちゃん?」
「……殺す」
「お?」
 外れないと分かっていても腕に籠もる力は緩まない。自分は無力ではない、この程度の人数かすり傷一つ負わずに片づけることが出来る、出来るはずだというのに。
「殺して、やる、お前等全員」
 関節が外れようが骨が折れようが関係ない。この手が外れれば、ここから動くことが出来れば。
 こちらの世界に巻き込んでしまった自分は、彼を死んでも守らなければいけないのに。
「ぁ、け……とら、」
 震える手がゆっくりとこちらに伸びる。しかしそれは届く一歩手前で目の前の男に掴まれた。
「うで、けがする」
「猫ちゃ、」
「…………みない、で」
 蚊の鳴くような声で発せられた言葉に身体が止まる。
「そう言われるとさあ、見せたくなるんだよな」
 男が猫塚の身体を武虎と向き合うように起こして固定する。不自然に力の抜けきった身体はそれにすら抵抗できずに、支える腕にもたれ掛かっていた。
「この調子じゃ終わらねえなあ……そうだ、もう一人は口でしてよ、そのくらい出来るだろ?」
 どうすれば良い。どうすればこの地獄は終わる。
「ひ、ぁ……っ」
 猫塚の目になみなみと張られた涙の膜が決壊する。その口が塞がれる直前、何かを伝えようと動いた。
「あ、ああ」
 助けて、なんて。
「あああああっ!」
 そんな台詞、死んでも言わせたくなかったのに。



*虎穴に入らずんば知識を得ず?


 いつもなら駅へ向かう足を逆方向に向け、あまり歩き慣れない学校がある地区の細道を通る。今までも何度か歩いたことがあるので道自体は覚えているのだが、一人で歩くのは初めてのことだった。
「(急にどうしたんだろう)」
 学校が終わったら家に来て欲しい、と簡潔な内容のメールが送られてきたのは昼休みが終わる直前だった。
 特に用事もなかったので了承の返事を返し、少しして疑問に思い昇降口で待っていればいいか、というこちらの問いには一人で家まで来て欲しい、と不思議な返事を返された。
 歩いて十分ほどの近場に安藤の家はある。一人でもきちんとたどり着けたことに満足感を感じたのも一瞬、駐車場に車がなく、安藤の両親が不在だということに気づいてしまった。
「(これは、つまり……)」
 安藤と、安藤の家で二人っきり。
 途端に熱くなった顔を手で扇いで冷ます。まだそうと決まったわけでもないし、そうだとしてもまだ踏むべき段階が自分たちにはたくさん残っている。
 ぎこちない動きで玄関に寄り、一つ深呼吸をしてからインターホンを押す。数秒ほど置いてぷつ、と繋がる音がした。
「はい」
「あ、の、吾妻です」
「ああ、少し待ってて」
 すぐに通話は切れ、家の中から足音が微かに聞こえてくる。それがだんだんと近づいてきて、小気味よい音を立ててドアが開いた。
「ごめんね、一人で来させて」
「あ、いえ、大丈夫でした」
 框の上に安藤がいるせいで普段からある身長差が更に広がり、思わず逃げそうになってしまう体を踏ん張って止める。
「上がって」
「……はい」
 お邪魔します、と口の中でしか響かないほどの小声で一応断りを入れ、脱いだ靴を丁寧に揃えて安藤の背を追う。
「……あの、今日、ママさんは」
「え? ああ、近所のママ友と遊びに行ってるよ」
 どうして? と言わんばかりの声音で吾妻の問いを返す安藤に開いた口が塞がらない。
 本当に二人きりなのか。一体何をしようというのか。恋愛初心者の吾妻にはこんなときどう対処すればいいのか全く持って分からない。
「アヅくん」
「ひゃい」
「……先に、謝っておこうと思って」
「……はい?」
 大きな手がするりと頬を撫で、額に一つキスを落とす。突然の出来事に何一つ受け身がとれなかったが、それよりも安藤の謎の言動についての方が気になってしょうがなかった。
「僕が不甲斐ないばかりに、こんな罠に誘い込むようなことして、ごめんね」
「え、っと……何の話、ですか?」
「すぐに分かるよ。……さ、入って」
 安藤の自室に通され、後からは行った安藤が後ろ手に部屋のドアを閉じる。
「やっほ〜チビちゃん、ちゃんと話すのは初めてだね?」
 透けるような金の髪に着崩した制服。目の前のベッドにあぐらをかいて座っていたのは、紛れもなく高校で敵無しと噂されている真正の不良、武虎だった。
「っ、……っ!?」
 あまりの驚きに声も出ず、逃げようとしたドアの前では安藤が立ちふさがっていて逃げられず、結局どうすることも出来ずに立ち往生する。
「まあ驚くのも無理ないよね、せっかく二人っきりのチャンスだったのにね」
「せ、せんぱ」
「……ごめん、アヅくん」
 意味が分からないままじわじわとベッドの方まで追いつめられていく。もはや逃げ場など何処にもなかった。
「安藤がね、チビちゃんとセックスするの傷つけそうで怖いんだって」
「う、え?」
「最初に失敗してセックス苦手になるのも可哀想でしょ? だから俺が手を貸してあげようかと思って」
 武虎に腕を捕まれ、安藤に背を押されてそのままベッドの上に乗り上げてしまう。逃げなければならないと頭の中で警笛が鳴り響いているのは分かっていたのだが、壊れ物を扱うような安藤の手に反応が遅れてしまっていた。
「まあ悪いようにはしないからさ。気持ちいいことしかしないから」




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