*Sample
まひるのほし


陰気×人気者「ア・ラ・カルト!」

「なあ、何してんの?」
「…………え、」
 クラスメイトの半分は他クラスの友達に会いに行ったりグランドへ遊びに出たりと教室から姿を消す昼休み、不意に差した影にゆっくりと視線を上げる。真正面に覆い被さるように立っていた彼はこのクラスの人間なら全員が知っている有名人だ。現にクラスの半分も名前を覚えていない自分自身が知っているくらいなのだから。
「えっ、まさか予習?」
 クラスの人気者としてその地位を確立させている彼が何故自分のような日陰者の所へ来たのか。どれだけ考えても分からずにどもることしかできない。
「あ……え、っと」
 さり気なく隠そうとしていたノートを平手で叩くように押さえられ、そのまま取り上げられる。前の席が空いているのを良いことに勝手にその椅子に座りノートを見始めた。
「へえ、意外と字綺麗なんだな」
「あ、あの」
「あっこれこの間の授業の! あの先生の説明よく分からなかったんだよな。でも、お前のノート分かりやすいなあ」
 人の話を一切聞かずに前のページへと遡りいちいち大袈裟に反応する。かと思えば前髪が短いせいで何にも遮られていないくるくるとした両目がこちらへと向けられた。
「俺、柏本瀬奈っていうんだ」
「……知って、る」
 彼の意図が掴めずに机に寄りかかった彼から距離を取るように、肘を机から離して椅子にきちんと座り直す。
「なんだ、知ってんならいいや! な、俺と友達になろ」
「…………?」
 目の前に立ちふさがった時点からそうなのだが、彼の突飛な行動に一つも思考が追いつかない。今この男は、自分と友達になりたいと言ったのか。
「なんだこいつみたいな目で見るなよ。流石に傷つくぞ」
「あ、その、ごめん……えっと」
 生まれてこの方友達になろうなどと言う言葉を言われたためしがない。随分と昔の記憶にも残っていない幼少期ならあったのかもしれないが、今親しい人間がいないと言うことはつまり無かったという事だろう。
 何がどうでも良いが、そんな言葉を言われた際の対処法など自分は知らない。
「いまちたつみ」
「えっ」
「お前の名前、井町巽って言うんだろ? 巽って呼んでも良い?」
「ええ……」
「俺のことも瀬奈って呼んで!」
 人気者というのは、こうやって友達を増やしていくのだろう。友達の一人や二人造作もないというような顔で、誰からも相手にされない日陰者にまであっさりと手を伸ばしてくる。
「柏本ー、お前サッカーするって言ってただろ」
「あっやべ! じゃあまた話そう、巽」
 嵐のようにやってきた男は他人の声にあっけなく腰を上げ、ひらりと手を振って去っていった。
「(なんだったんだろう……)」
 机の上に戻されたノートを再び開き、ゆっくりと息を吐く。ペンを握っても先ほどまでのようにすらすらと文字が書けなくなっていた。

 それが、自分と瀬奈の出会いだ。


(見た目)不良×小動物「雨上がり、傘を閉じて。」
こちらのもう少し先まで続くお話


不良×平凡「虎の威を借りられない猫」

 学校帰り、まるで荷物の入っていない鞄を振り回す武虎を横目に見ながら駅までの道を進む。何も起きずに駅までたどり着ければ良いのだが、今までそうなった試しはない。
 駅までの道には高校生を誘惑する数々の罠が仕掛けてある。ファストフード店にバッティングセンター、安さが売りという飲食店も多数店を構えている。学校帰り、暇を持て余した帰宅部の学生や腹を空かせた運動部は基本的にそれらの欲求と戦いながらの帰宅となる。そして、だいたいの場合、負ける。
 その中でももっとも引力が強いものがある。ゲームセンターだ。
「猫ちゃん、ゲームセンター」
「昨日も行ったぞ」
 案の定引っかかった武虎を睨むと、それでも欲を押さえられないのか、おねだりをする犬のように輝かせた目をこちらへと向けてきた。
「……だめ?」
「……好きにしろよ」
 そしてまた、自分も大概武虎のお願いは拒否できない。
 自動ドアが自分たちを歓迎するように素早く開き、ガラス一枚でよく隔てていたものだと感心しそうな程爆音の音楽が波のように襲ってくる。その中に武虎は駆け足で飛び込んでいった。
 まず最初にクレーンゲームの景品を吟味するのが武虎のやり方なので、特に急いで付いていくこともせずにゆっくりと歩きながら小さくなる背中を追いかける。
「あっほらこれ、取れそう!」
 ゲームセンターに入ることには許可を求めたくせに何を取るかは一切こちらを伺うことなく百円玉を入れ、時折体を動かして箱の中をいろんな向きで見ながらボタンを押す。
 自分はほぼ真横に移動して見ながら前後移動をさせないとぴったりの位置にはめられないのだが、この男は少し背伸びや身体を揺らす程度でそれ以上おおげさに回り込んで見ることはしない。それなのに武虎はは何故かクレーンゲームが無駄にうまくて、
「取れた」
 狙いを定めたものに関してはワンコイン以内で取れなかった試しがない猛者なのだ。
「で?」
「あげる」
「だよなあ……」
 武虎は基本的に取りたいだけの欲で取ってしまうので、取った景品はそのまま中古買い取り店に流れていくか猫塚に託されるかの二択の運命をたどることになる。
「まだやるのか?」
 手渡された抱き抱えるほど大きなサイズの猫のぬいぐるみを抱えながら再び歩き出した武虎に付いていく。んー、と曖昧な返事を返してくるものの歩く足が止まらないと言うことはまだ取り足りないのだろう。
「あ、猫ちゃんこれなん、か……」
 嬉しそうにこちらを見た武虎の表情がとたんに険しくなる。何事かと声をかけようとしたところで背後から声が聞こえた。
「よォ武虎、楽しそうなことしてるじゃねえか」
 振り返ると、武虎よりも奇抜な髪で制服も着崩しているいかにも不良そうな男達がすぐ後ろに立っていた。
 せっかく何も起きずに帰ることができると思っていたのに、喧嘩を仕掛けられたことで武虎の機嫌が最高潮に悪くなったようで、先ほどまでの笑顔はどこへやったのかと言うほどの仏頂面で睨んできた。
「……気分じゃない、消えろ」
「そういうこと言うなよ、面白くないな」
 男が肩を掴んで引き寄せようとした瞬間、視界の端にいた男の顔が消えた。
「ぐあっ!?」
「猫ちゃんに触るなクソ野郎」
 肩を掴んでいた手が離れ、一瞬で間合いを詰めた武虎の拳がめり込んだ男があっさりと遠くへ吹っ飛ぶ。目の前で起きた突然の出来事に呆然としていると、側に立っていた武虎が腕を掴んで走り出した。



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