※こちらの話にはR18要素が含まれます

前回






「や、あぁう……!」
 やはりセックスは嫌なのか、廉は小さな手を目一杯突っ張って抵抗する。しかしそんなものはたいした役目を果たさず、膝裏を抱えあげると呆気なく手は空を切った。
 レイプされる女のように抵抗されてしまうとさすがに性欲処理が目的の行為とはいえ萎えてしまうのだが、彼の抵抗はどこか弱々しく抵抗の言葉も少ない。そのわりに半べそをかきながら隠しきれないといったように控えめに喘ぐ姿は、どこか過虐心を煽られるのだ。
「買われた分際で文句言わないでよね」
「っ、や……」
 はくり、と口だけは動くものの言葉は続かない。本人は一生懸命喋ろうとしているのだろうが、如何せん言葉の途中で消音ボタンを押されたように声が途切れてしまうのだ。理解はしている、声も出る、なのに言葉は続かない。
 滑稽だと、思っていた。
「っ、い、た……」
「だから締めすぎだって。腹に力いれて出すみたいに、教えたでしょ」
 膝を抱えていた手を離して下腹部に触れる。すがるような目で見られてもやめるつもりは到底無いが、痛がっている相手を無視して進めるのはいささか気が引ける。
 浅く息をしながらも言われた通りに力が込められたのを手のひら越しに確認し、その一瞬で狭い中へと腰を押し進めた。衝撃で声も出ないのか開けたままの口からひゅ、と息だけが漏れる。遅れて後孔がぎちりと締め上げられた。
「ぁ、」
 苦しげに眉が寄せられ、じわじわと瞳に涙の膜が出来ていく。開きっぱなしの唇に舌をねじ込むと、抵抗を諦めて放り出されていた腕がびくりと震えた。
 そのまま口の中を舐め回すように舌を動かしたが、奥で縮こまったままの廉の舌が絡まってくることはなく、諦めて口を離すと案の定息をしていなかったようで真っ赤な顔で息を吸う。
「だから息は鼻でして、舌は逃がさない。これも教えたでしょ」
 口を離した隙に閉じてしまわないように親指を差し込み舌を押さえる。
「ん、ぅ」
「嫌がるくらいならさっさと俺を満足させて終わらせた方がいいんじゃない?」
 ほら頑張って、と言葉を続けてもう一度唇を重ねる。まだぎこちないものの言われた通りに鼻で浅く息をし始めた廉の頬を擦ると、閉じた目に力が込められた。
「ん、……そう、上手」
 短絡的に舌を伸ばす程度のことしかできないが、それさえできれば後はこちらが好きにすれば良いだけだ。舌を絡め、時おり甘噛みしながら吸い上げると、くぐもった廉の声がお互いの口内を震わせた。
 キスに集中させている間に少しずつ馴染んできた後孔を揺すってさらに解していく。ジェルが多めのゴムを使っているので廉への負担は少ないはずだが、指でも慣らしきれない奥の方はすぐに律動を始めると痛みを伴う。
「ぅ、あ……っ」
「痛い?」
 こちらの問いかけに廉はイエスともノーとも答えず、ただ潤んだ瞳ですがるように見上げてくる。ほんの少しだけ藍色が混じった、夜空を映したような瞳に無表情で覗き込む自分の姿が映った。
 再三言うが、性欲処理とはいえ怯えて震えるこの小さな体を痛め付けたいわけではないし、そんな趣味は自分にはない。あまり酷くして逃げようなどという考えを持たれても困るし、何より快感を与えてやったときの廉の中はなかなかに気持ちいい。ここまで相性のいい相手を抱き殺すような扱いをするのは惜しい。
 金を出して買った奴隷同然のようなものとはいえ、家の中が精一杯の小さな世界に閉じ込めてしまった廉に、これ以上鎖を増やして意思の無い肉人形にしたくはないのだ。
 それは自分の醜いエゴなのかもしれないが。
「ひぁ、あ……っ!」
 ずるりと自身を引き抜くと、離れたくないと言わんばかりに内壁がまとわりついてくる。またゆっくりと押し込むと、限界を迎えたのか廉の目から涙がこぼれ落ちた。
 浅い律動から始まり、次第に奥を拓いていく。嫌がるばかりだった廉も少しずつ甘ったるい嬌声を上げはじめた。
「廉って、前立腺好きだよね」
「ん、ぁ……ひぅっ」
 前立腺めがけて突き上げると、廉の腰が跳ね上がる。我慢できなかったのか少量の精を吐き出しながら小刻みに内壁を収縮させた。
 だらしなく開けられた口に、視点が定まらなくなったままの潤んだ瞳。強烈な快感をやり過ごそうとしているのかつかんでいるシーツには大きな皺が寄っている。
「あぅ、う……」
 目を引くのは、白い肌に点々と散らばる、古い傷。
「アンタは、人生どこまで行っても不幸なんだね」
 オークション側が商品に傷をつけることは万が一にもあり得ない。あるとするなら、それより前の傷。恐らく、彼が売られる原因となったものだ。
「普通に生きる権利も奪われて、こうやっていいように使われて、さっ!」
「ひ、やぁ!?」
 勢いをつけて中を抉ると、廉の足が爪先までぴんと反り返る。突然の衝撃に付いていけてないのか、意味もなく口は開閉を繰り返しているのに息が止まっていた。
「廉、こら」
 頬を軽くつねってどこか遠くへ飛んでしまっていた彼の意識を元に戻す。どこを見ているのか分からなかった目がさ迷い、程なくしてコウを捉え、ほんの少しだけ細められた。
「(……何を、思ったんだ)」
 まるで安心したような顔を、自分に対してする意味が分からない。コウは廉を買った人間で、性欲処理として無理矢理抱く人間で、間違っても優しくした覚えなど全くない。
――ちゃんと繋いでおかないと、逃げられても知らないよ。
 身体的に拘束しているものはGPS機能をつけたブレスレットひとつ。勝手に外したら殺すと脅しはしたが、布製のそれは引きちぎれば簡単に外せるだろう。部屋にも玄関にも鍵をかけたところで内側から簡単に開けられる。おまけにコウは毎日決まった時間で仕事にいき、決まった時間に帰ってくる。逃げ出せるチャンスは無数とあったはずだ。
 この少年は、いつでも逃げ出せるこの家に、コウの元に、何故留まっているのだろうか。
「……ああ、そうか。アンタ、馬鹿なんだ」
「……?」
 逆を捉えるとすれば限りなく賢い選択をしている。この少年は、逃げたところで他に生きていける場所がないと分かっているのだ。だから最低限の衣食住が存在するこの場に留まって、嫌いな性処理も受け入れている。
「そうまでして生きたい?」
 残るほどの傷を付けられ、拐われ、オークションにかけられ、性欲処理として使われ、それでも尚生きようなどと思う廉の考えが分からない。自分なら、最初の段階で命を絶つだろう。
 指先で首をなぞり、ゆっくりと手のひらで掴む。吃驚するほど細く頼りない廉の首はそれでも息を止めることはなく、確かな拍動をコウの手に伝えた。
「俺が、殺してあげようか」
 く、と指先から徐々に力を込めて締め上げていく。廉は一連の行動に信じられないものを見るような目を向けてきたが、やはり全力で抵抗してくることはなかった。
 可哀想な子供。誰からも愛されずに、誰からも必要とされずに、小さな体に抱えきれない不幸を抱えて、それでも死に方を知らず生き延びてしまった哀しいいきもの。
 それならばいっそ、今ここで終わらせてあげたほうが幸せなのではないだろうか?
「……ご、」
 ひゅう、と息だけが通る音。いつもならそこで終わってしまう彼の言葉は、僅かな時間を置いて繋がった。
「ごめ、なさい……」
「……は?」
 ごめんなさい、ゆるして、いいこにするから。
「お、とう、さ」
 夜空がそっぽを向く。自分が映っていない虚ろな瞳は最早涙を流すことすら忘れ、なにも紡げなかったはずの口からぼろぼろと許しを乞う言葉ばかりがこぼれ落ちた。
 首にかけていた手を離し、廉の額めがけて遠慮なく中指を弾く。突然デコピンをされて驚いたのか、廉のすべての動きが一瞬止まった。
「っ、!?」
「買われた男の前で余所事考えるなんて案外度胸あるんじゃない?」
 すっかり萎えてしまった自身を引き抜き、用途を果たせなかったゴムをそのままゴミ箱に放り込む。端に寄せられてシワが寄った服とタオルケットを廉の顔面に投げつけると、慌てたようにそれを取り払い身を起こした。
「もう良いよ。アンタもさっさと寝たら」
 タオルケットがなくなったことで空いたスペースに転がり廉に背を向ける。あ、とかう、とか必死になって廉が声をかけようとしているのは分かっていたが、全部無視して目を閉じた。
 怖かったのかもしれない。たくさんの傷も、処女ではなかった理由も、勝手に赤の他人の手によるものだと思っていた。それがこの少年は、
「(あんな目で許しを乞う相手が父親って、どうなんだ)」
 一般的な家庭に育ちごく普遍的な愛をもらって生きてきたコウには廉があそこまで怯え許しを乞う"父親"という存在の想像がつかない。父親が実の子供に手を出せるのか。抵抗の言葉を吐けない小さい体に無体を働けるのか。あそこまでの傷も、不幸も、押し付けられるのか。
 悶々と自分でも意味の分からないことを考えていると、不意に背後で廉がもぞりと動いた。ようやく部屋に戻る気になったかと安心していると、期待とは裏腹に背中に頼りない温もりが寄り添ってきた。
 驚いて首を回すと、コウが寝ていると思い込んでいたのか目を閉じようとしていた廉が驚いたように首を引っ込める。渡した服も着ないまま、タオルケットも使おうとせずにコウの背中に控えめに引っ付いていた廉は言葉を探すように目をしきりにうろつかせた。
「あ、……の」
 反省か、服従か。申し訳なさそうにこちらを見る廉にだんだんとこちらが悪者のような気がしてしょうがなくなった。
「ご、……ごめん、なさ」
「さっさと寝てよね」
 もう一度タオルケットを引っ張って雑にかける。ただでさえ服を着ていないのだからこの程度はしていないと、風邪を引かれても困る。
「する気がなくなっただけ。アンタにとってはラッキーでしょ」
 息を吐いて再び背を向ける。優しくした覚えなど無いはずなのに、背中の温もりはすがってくるまま離れようとはしなかった。