にい
今日は厄日だ。そうに違いない。 ポケモンに飛びつかれ、Nとか名乗ってる変な人に絡まれ。 挙句の果てにはそいつのポケモンに再びアタックされる始末。 これを厄日と呼ばずになんと言おう。
うっすらと目を開けると、オタマロと目があった。
再び目を閉じて寝たふりをする。今の状況がどうなっているのか、瞬時に想像を巡らせる。 私は仰向けに寝かせられているようだ。目を開けたらすぐ真ん前にオタマロの顔。 ついでに胸には何か湿ったものが乗っている。 つまり……
「ぎゃああああああああああああ!!」
オタマロをたたき落しながら奇声を上げる。 女の子らしくないとかそんな話、今はどうでも良い。だって、だってポケモンが……
「あ、起きたみたいだね」
のんびりというNに腹がたつ。人の気も知らないで。 オタマロの乗っていた場所を手でこすりながら立ち上がる。 まだ少しふらふらしているけれど、なんとか歩けそうだ。 私の足元に寄ってくるオタマロを振り払おうと足を振り上げた瞬間、Nがひどく冷たい声を出した。
「トモダチ」
「……わかったわよ」
蹴り飛ばすのを諦めてその場に足を下ろす。すぐさま絡み付いてくるオタマロに、全身に鳥肌が立つが我慢してNを見た。倒れた私を放置せずに待っていてくれたみたいだし、一応お礼は言うべきだろう。
「あの……」
「トモダチ、嫌い?」
「……は?」
話の腰を折られたというイラつきより、質問の中身が理解できなかった。
「さっきから、トモダチを見るたびに避けてるよね。そんなに嫌いなの?」
私の側にやってきて、足元のオタマロを拾いあげる。ようやくほっとして、私は思わず答えていた。
「…嫌いっていうより、怖い」
「どうして?」
ぱしん、と投げて渡された疑問符。あまりにも率直なその疑問に、思わず答えてしまったことを後悔した。きっと彼は、質問に答えるまで帰してくれないだろう。
「……別に、理由なんか無いわ。 ただ生理的に受け付けない、だけ」
「……ふうん。 キミは、どう思う?」
Nは手に持ったオタマロに話しかけ始めた。正直言って完全に不審者だ。 いや、実際に精神的に問題のある人なのだろう。早めに逃げるのが正解だ。
そう思ってそそくさと踵を返したとき。
「なるほどね。親、か」
ひとりごとのように呟かれた単語が、私の足を止めた。
「……なんで、それを知ってるわけ?」
「トモダチが教えてくれたんだよ。知ってる? トモダチはニンゲンよりずっと賢い」
ボクたちが知らないようなこともいろいろ知ってるんだよ、 そう言ってオタマロを愛しそうになでる姿は、やはりどう見ても不審者なのだが。
「……本当に?」
ほんの少しだけ、信じてしまいそうになる。 もしかしてこの人、本当にポケモンと話せるんじゃないか、とか。 だって、そうでもなければあのことを知っているはずがない。
「……キミが望んでいるのは、ポケモンとニンゲンの関わりがない世界」
相変わらずオタマロを見ながら、Nは言う。 それは、オタマロの言葉を通訳しているようにもみえた。
「ボクはチャンピオンを超える」
す、と顔を上げてこちらを見る。 やけにまっすぐな視線が、こちらを射すくめた。
「チャンピオンに勝って英雄と認められ、王になる。 …そして、トモダチをニンゲンから解放する。…それは、ポケモンとニンゲンの繋がりが絶たれた、完全な世界だ」
言いながら、Nはオタマロに小さく話しかけた。 その言葉に呼応するように、オタマロは頷いて近くの茂みへ姿を消す。 続いてマメパトを、ドッコラーを。 ボールから出すと、小さく「ばいばい」と言う。
空になったモンスターボールを投げ捨てて、彼はこちらを見た。
「キミも、ボクと一緒に新しい世界を見たくないかい?」
10/10/13
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