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暫らくの間、部屋はしんと静まり返った。なんと答えれば良いか分からなかったミュウツーは、黙って*を見ている。そして*は、そんな彼をじっと、期待の目で見つめていた。
その張り詰めた空気を切り裂いたのは、突如鳴り響いた警報だった。ジリジリと存在を主張するそれは全てのフロアで音を鳴らしているようだ。
*が、倒れ伏すサカキに目線を走らせる。床を血糊で染めた彼は、震える手で携帯電話を操作していた。恐らく幹部たちに素早く連絡したのだろう。もうすぐここにアジト中の団員がやってくるはずだ。彼女の非力な手と小さな果物ナイフでは、サカキを殺すことは叶わなかったのだ。
*が小さく舌打ちをして顔を歪める。突如解放されたミュウツーを再び捕まえるべく伸びてきた捕獲用のアームと彼女の顔を見比べた時、ミュウツーの中で何かがはじけた。

自分の力を思い切り使うのは久しぶりだった。指先に軽く力を入れて四肢を伸ばせば、アームは簡単に折れて宙を舞う。*ははじけるように飛び上がってミュウツーの足元に身を滑り込ませた。咄嗟にそこが一番安全だと判断したのだろう。
果たして彼女の判断は間違ってはいなかった。何に向けられたのか、矛先がわからないまま力だけが存在を増幅させ、建物全体を破壊してゆく。薄い膜で覆われた彼の周囲だけが安全圏と言って良かった。
落ちてきた天井の向こう側に、サカキの体を抱えるロケット団幹部の姿を見る。一際大きな亀裂が建物全体に生じた時、思わず*は叫んでいた。

「逃げて! 爆発する!」

その言葉を聞いたミュウツーの行動は素早かった。足元で声を大にした*の体を宙に浮かせ、手を強く引っ張って自らも滑空する。*の言葉どおり、エネルギータンクを破損させた建物が火を吹くのと、それは同時だった。



さて、どうするべきか。
死んだように動かない*を地面に横たえ、ミュウツーは考えた。
避けきれなかった瓦礫の一つに思い切りぶつかったのか、*は頭部から血を流して気絶していた。そんな彼女を途中で捨ててくる訳にもいかず、成り行きでここまで連れてきてしまったものの――

自らの生れ故郷である小さな島を見渡して、ミュウツーは考える。自分は何故再び、此処へ戻って来てしまったのだろう。怒りの、疑念の、全ての原点がこの場所だとでも?

質問に答える声は無かった。代わりに幽かな呻き声が彼の耳に届く。反射的にそちらに目をやったミュウツーと、完全に意識を覚醒させた*の視線がかち合った。
再び、黙り込む。アジトでの続きのような沈黙が、島を支配する。ようやく口を開いたのは、ミュウツーの方だった。

「忘れさせろ、と言っていたな」
「ええ」

*の瞳が期待に輝く。彼女がそんな顔をすることに若干の驚きを隠せないまま、ミュウツーは言葉を続ける。

「どういう意味だ」
「そのままの意味よ。忘れさせて欲しいの、全部」

なおその意味を図りかねるミュウツーに、*は言った。

「私は、忘れることが出来ないの」

ぽつり、ぽつりと話す。

彼女の両親は、*がまだ赤ん坊の頃ロケット団の面々に殺された。ポケモンの力を増幅させる器具の研究成果を、ロケット団に渡さなかったことが原因だった。ようやく文字が読めるようになり、研究所を遊び場にしていた*が、幼い口で研究資料の文言を空で唱えていた、それを目に留めた幹部によって彼女はロケット団に連れてこられた。孤児として育てられ、教育され、様々な作戦に起用された。彼らは*の能力を高く評価したが、それでもまだ彼女を甘く見ていた。つまり彼女が、自らが赤ん坊の頃からの出来事を正確に記憶しているなどとは思わなかったのである。
サカキの秘書として働きつつ密かに復讐の機会を願っていた*は、しかしある時ミュウツーの能力に関する実験データに目を留めた。即ち、人間の無意識すら操るその力。それがもしも本当にあると言うのなら――

「忘れたいの、全てを」

そう結んで、彼女は黙りこくってしまう。ミュウツーはといえば、突如知らされた*の特異な能力に驚きを禁じ得なかった。

同時に、あるひとつの考えが首をもたげる。ゆらゆらと揺れる波を見るうちに不意に形になったある考え。じっと自分の方を見る*に目を遣り、静かに口を開いた。

「私は自分を生み出した人間たちに『逆襲』する」

「逆襲?」

*が繰り返す。彼の意図しているところが分からないのか、首を傾げ、眉はひそめられていた。

「私には身の回りの世話が出来る、ポケモンの身体に関しての専門知識がある人間が必要だ」

すう、と目を細め、*を見る。彼の言いたいことを理解したのだろう。*は蒼白な顔で頷いていた。

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