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ミュウツーがやって来てからのロケット団の発展には、目を見張るものがあった。
次々とポケモンたちを捕まえ、あるものは訓練して戦力に、あるものは密売して財力に。
密かにミュウツーの存在を問題視する者もいたが、彼らの金遣いが少し荒くなったのもミュウツーのお陰である。
そして、今。ミュウツーが鎧に覆われ眠りにつくその部屋には、彼の他にもう一人の人影があった。
ぱちぱちとパソコンのキーボードを叩く*。その瞳は相変わらず色を変えない。
ミュウツーがやって来てからというもの、彼女の仕事は大幅に増えた。
週に一度行われる彼の身体検査の結果の管理から、能力値の数値化、増えた利益を使って行う新たな活動の管理まで、全てが*に一任されていた。朝起きてサカキの元へ行き、その日やるべき事を伝えられる。部屋に戻って仕事をし、夕方にそれをサカキに伝える。
時折ポケギアで伝えられる、「紅茶を入れろ」だの「ワインを買ってこい」だのといった雑務まで律儀にこなしながら、彼女はその仕事を勤め上げていた。

キーボードをぱちぱちと鳴らしながら、*は一瞬、横目でミュウツーを見る。
数値を表したグラフは右肩上がり。彼の能力は留まるところを知らない。だが一方で、ミュウツーの精神状態を計り表す術は無かった。サカキからはメンタル面でのサポートまで命じられている。だからと言って、自分に出来る事などない。*は心の中で苦笑いをした。今だって自分のことで精一杯なのだ。他人の、ましてやポケモンの面倒なんて見られるはずが無い。

「……何か悩んでないの」

義務的にそんなことを聞く。どうせ何も答えないだろう。パソコン画面に表示された報告書の最後の欄に、「精神状態 良好」と書き入れて文書を保存する。サカキにメールで送れば今日の仕事は完了だ。送信ボタンを押そうとしたまさにそのとき、頭の中で声が響いた。ミュウツーが、テレパシーで思念を送って来たのだ。

「私は、何の為に生まれて来た」

いきなり重い質問だ。精神状態良好なんて嘘っぱちのようだ。
そう思いながらも、押し掛けていた送信ボタンを押す。溜息をついてパソコンを閉じながら、*は答えた。

「それは戦う為でしょう。ああ、でも決して悲観することは無いわ。存在意義が無い人間だっているもの」

自嘲気味に笑い、*は立ち上がる。出口に向かう階段を上る*を、ミュウツーの視線が追うのが感じ取れた。未だ鎧の中、完全には見えぬその姿。
*は、不意に振り返ってその中身に目を凝らした。

「ねえ、貴方最強のポケモンなんでしょう」
「……そうらしい」

「人間の精神すら、操る事ができる?」

何故そんな質問が飛び出したのか、*は自分でも理解が出来なかった。
ミュウツーの何処か人間の思考できる範囲を超越したような、そんな姿に要らぬ期待をしたしまったのかもしれない。

「…何故聞く」
「いえ、なんでもないわ」

暫くの沈黙の後、ミュウツーは答えた。

「恐らく」

その返事に息をのむ。
…もし、本当にそんなことが出来るのなら。

「…そう、すごいわね」

そう言って階段を上ってゆく、その背は少し、震えていた。



ミュウツーの状態を確認しに行く。着いて来い。
サカキにそう言われたとき、*はそれが、最初で最後のチャンスであると認識した。何としてでもこれを実行に移さなければならない。頭の中で警報が鳴り響き、心臓が早鐘を打つ。それでも、彼女はその冷たい視線を変えなかった。あくまでもいつもの無表情。そんな彼女に満足げな笑みを漏らしたそのサカキの姿は、あの頃よりはずっと小さく見えた。

「…よくやっているようだな」

階段の手すりに寄りかかり、地階のミュウツーに声をかける。マイクが通してあるので、離れていてもミュウツーには聞こえているはずだ。だが、ミュウツーは答えない。
あくまでも沈黙を貫き、ただ黙って兜を怪しく光らせている。いつもなら、それで終わりだった。サカキは呆れたようなため息をついてくるりと背を向け、出て行ってしまう。
けれど、今日、運命は*に味方したようだった。相変わらずミュウツーに視線を投げかけている彼の背後で、*は「それ」を静かに握り直す。
ミュウツーの首が僅かに動いた。*のしようとしていることに、気がついたのだ。
「黙っていろ」という意味の目線を送りながら、*は静かに数歩、歩み寄る。

「…私の存在意義は何だ。自らを守る為の兜で自らを律し、そこまでしてお前たちの為に働く意義は? 一体、私は何の為に生まれて来た」
「お前はまだ支配の喜びを知らない。この星において、誰もがやってきたことは破壊と略奪だと、私はかつて言ったな。それと同時に、この星で誰もが知って来たこと、それは支配の喜びだ。それを知ればお前も……」

流れるように喋っていたサカキが、不意に口をつぐんだ。その視線が、ゆっくりと背後に向けられる。否、正確には、向けられようとした。
それが敵わなかったのは、彼の背中から「それ」が引き抜かれ、サカキが床に倒れ伏したからだった。

ゆっくりとサカキの背中からナイフを抜き取った*は、恐ろしい程の素早さでそれを投げ捨て、階段を駆け下りてミュウツーの隣に走り寄った。それら一連の行動を目にしておきながら、ミュウツーは何も言わない。*もまた何も言わず、慣れた手つきで彼を縛る機械に何か入力していく。パスワードを数回入力。すぐに、全ての鎧が彼の体から取り外された。

「……一体何のつもりだ」

ようやく素顔になった彼の第一声は、疑問の声だった。彼にとって物理的な束縛はさしたる問題ではない。本当に縛られていたのは、心だ。自分自身の心が、彼を縛っていた。
けれど、*はそんな彼の疑問には答えずに、返り血を浴びたそのスカートを整えて、地面に膝をついた。早鐘を打つ心臓を押さえつけ、そして、言う。

「お願い……、私に、忘れさせて」




10/08/26

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