悪役日和


乱れた呼吸を整えて立ち上がる。
と同時に、突然物凄い恐怖が私を襲った。

もう、切り札は無い。

この洞窟の中にいる人間は私一人だ。
今はミュウツーと手を組むことに成功しているものの、
いつこの共闘関係が崩れてしまうかは解らない。
そして仮にそうなった場合、私の味方はいない。
本当に、一人きりだ。

今まで必死すぎて気がつかなかったあらゆる恐怖が
安堵と一緒に訪れたようだった。

「*」

「あ、うん。ごめん、ゆっくりしてられないか」

立ち上がって鞄をつかんだ。
ミュウツーの刺すような視線を感じる。
内心の不安がバレてしまったのだろうか。

「落石で地形が変わってはいるが、私の記憶が正しければ
恐らく、もうすぐ出口だ」

「そうなの?それならあと少しで…」

言いかけた言葉が宙ぶらりんになった。
ミュウツーの背後に視線が釘付けになる。
私の表情の変化に気付いたようで、ミュウツーが背後を振り返った。

「誰だ?」

人影。
そこにいたのは、マントを纏った男の人だった。
隣にはカイリューを従えている。
その男の人―否、白々しいからやめておこう。
彼、ワタルさんは、不敵な笑みを浮かべた。

「成る程、落石を引き起こしていたのはお前か」

カイリューとワタルさんを見比べ、ミュウツーが言った。
ワタルさんは笑うのをやめて、真剣な表情になる。

「そうだ。俺の目的はミュウツーを、あわよくば、*、君ごとこの洞窟に閉じ込めることだったからね」

言いつつ腰のボールに手を伸ばす。

「見つかってしまっては仕方が無いか、此処で俺と戦ってもらおう」

「ちょ、っと待ってください」

此方は今戦える状況じゃない。
それに、なんだって一トレーナーであるところの私が、
チャンピオンのワタルさんに名前なんかを知られているんだ?
しかもあからさまに敵意までもたれているらしい。

「善良な市民であるところの私が、洞窟に閉じ込められなければならない理由が全く解りません。ミュウツーにしたって然りでしょう、少なくとも彼は洞窟の外のポケモンや人間には迷惑をかけてませんから」

ポケモンバトルに持ち込むのはまずい。
何とか言いくるめて、彼を止めないと。

ちらりとミュウツーを見ると、完全に戦闘体勢に入っていた。
疲れ切ってぼろぼろの横顔が、正直見ていて痛々しい。

「…フン。俺は只、君にミュウツーを渡してはいけないと考えただけだよ。
君の噂はあちこちで聞いているからね。何でも今までに負けたことが無いとか?
以前からずっと、戦ってみたいとは思っていた。勿論、正々堂々とね。
でも、ポケモンで悪いことをしようというなら話は別だよ。
元からハナダの洞窟を封鎖しようという意見は出ていたんだ。
その時期を早め、君が洞窟に侵入したときに合わせただけさ」

そんな話、私は初耳だった。
ワタルさんが自分と戦いたいと思っていてくれたことはとても名誉なことだと、
そうは思う。
けれど私は別にポケモンを悪事に使おうとしていたわけじゃないし、
ミュウツーを捕まえようとしたのだって、只単純に強くなりたかったからなのだ。

「正直此方としては、邪魔者をふたつ同時に始末できて一石二鳥なんだよ」

「ちょっ…待ってください!私は別に……」

まずい。
ワタルさんが腰からボールを外した。
横に控えるカイリューに相手をさせるまでもないと判断したのだろう。
或いは、足場の悪い此処で有利なポケモンを出してくるか。

「いけっ、ハクリュー!」

咄嗟に踵を返してミュウツーを見る。
戦う気のようで、凛と立ってハクリューを睨みつけていた。

「馬鹿!何してるの逃げるわよ!」

思わず叫ぶ。
ミュウツーが驚いたように目を見開いた。

けれど、彼の判断は早かった。
くるりとワタルさんに背を向け、次の瞬間には私の目の前にいた。
ハクリューの放った破壊光線が、先ほどまで彼のいた場所をえぐった。

頷いて走り出そうとした私の手首を、何かがつかむ。
嗚呼ミュウツーの手か、と思ったのもつかの間、
私の足は殆ど宙に浮く形で、背後のワタルさんとハクリューが遠ざかっていくのを感じていた。




10/01/03






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