土木日和
目の前に開いている穴はどう考えても人間が通るには狭すぎる。 幸いなことにミュウツーと私の大きさはそう違わないので、必要な穴の大きさは私基準で考えることが出来るだろう。 鞄を床に下ろして、何か使えそうなものが無いか考える。 今利用できるのは……
「人間、おい、人間」
ミュウツーの声が思考を遮断した。 せっかく何か思いつきそうだったのに、と口を尖らせる。
「何?私には*って名前があるんですけど」
そういえば、ミュウツーはイラついた表情を見せた。 けれど気を取り直したのか、用件を伝えてくる。
「此処からも出られそうだ」
ミュウツーが指差したのは、足元に開く小さな穴。 確かに頭上の穴を広げるよりはこちらのほうが楽かもしれない。
「…やっぱり手作業、か」
ため息をついてしゃがみこんだ。 そばにある岩をどけて、空気の通り道を広げていく。 ミュウツーも私の横に来て、黙々とした作業が始まった。
「……疲れた」
誰に言うでもなく、というか、この状況ではミュウツーしかいないのだが、 ミュウツーに語りかけるというわけでもなく、只呟いた。 その呟きが思いのほかこだまして、嗚呼疲れたなあ、と余計に気分を落ち込ませる。
「どれくらい経ったかな?」
言ってしまってから、無意味な質問だったと気づく。 野生のポケモンに時間の概念は無いのだから、聞いたところで答えは返ってこない…
「概ね1時間だ」
「えっ…」
「不満か?」
不機嫌な声に首を横に振る。 ミュウツーは再び作業を開始した。 私もつられて岩に手をかけながら、それでも気になったことを聞いてみる。
「どうして?…洞窟の中じゃ、時間なんてあって無いようなものでしょ」
手元の岩がようやくはずれてごろごろと転がった。 背後に放り投げれば、別の石とぶつかった音がした。
「確かに、我々は主体的な時間に基づいて動いている。 だが、私はもともと作られたポケモンだ。私の元いたところでは、当然ながら人間は客観的な時間を元に動いていた。私も然りだった」
お前のポケモンを今逃がしたところで同じことだ、とミュウツーが言う。 そういえば、彼は造られたポケモンだったのだ。 捕まえてはいないので詳細なデータは得られないが、おそらくずるいくらい強く造られているのだろう。 そのミュウツーが、こんなところで土木作業をしている…
そう思ったら、なんだか笑えてしまった。
「何だ」
聞いたミュウツーも私の笑いの意味は分かっているのだろう、 ふいっと目をそらして、尻尾を波打たせて、 それから勢い良く岩をどかした。
と、そのとき。
がらがらがらっ
不吉な音にその場から飛びのけば、 苦労して広げた穴は上からの落石で、またすっかりふさがってしまったのだった。
09/11/28
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