落石日和


負けた。
生まれて初めて、この私が。
悔しい、とか、悲しい、とかいう以前に
ただびっくりした。
それも、相手はトレーナーではない。
只の、野生のポケモンだというのに。

手持ちのモンスターボールも、気力の残っているポケモンももう居ない。
相手のポケモンもかなりの深手を負っているが、
私の目的は相手をボールの中に収めることだったのだから、
それが達成されない限りは「負け」なのだ。

相手―ミュウツーは、ついに片膝をついたが、それでも勝ち誇った瞳で此方を見ていた。
エスパーポケモンらしい細い腕が、私の喉を捕らえる。
殺されるだろうな。
最初からそのくらいの覚悟で来ていたのだ。
今更抵抗する気はない、と目を閉じた。

しかし、私を襲ったのは死の暗闇でも痛みでもなく、地響きだった。
「ハナダのどうくつ」全体が揺れていた。
閉じていた目を開いて辺りを見回すのと、天井が落ちるのが見えたのは殆ど同時だった。

どうせ死ぬのだ、
どちらに殺されても同じ。

辺りを、暗闇が包み込んだ。




体が痛い。
感覚がある、ということは生きているのだ。
不思議なことに呼吸は苦しくない。
生き埋めになっているのなら呼吸は苦しいはずだ。
ということは私は矢張り死んでいるのか。
しかし、体が痛い。

何とか身動きが取れることを確認して、ポケットに手を突っ込んだ。
ポケモンが何かの理由でフラッシュを使えなくなることを想定して持ってきたライターを引っ張り出し、火をつけた。
辺りがぼんやりと照らされる。

どうやら、落ちてきた天井は別の瓦礫に阻まれてギリギリのところで止まったようだ。
どこか外に通じている穴もあるらしく、新鮮な空気があることだけが希望だった。
しかし、その希望の火にハイドロポンプを仕掛けた奴が居た。

「ミュウツー!」

戦闘時の素早さから考えて、天井がふさがる前に逃げ出したのかと思っていた。
しかしそいつは相変わらずの形相で此方をにらみつけている。
だがしかし、生憎だが「にらみつける」攻撃は人間には効かないのだ。
しばらく黙ってお互いを見詰め合っていた、ら、先に折れたのはそちらだった。

「…それを貸せ」

それ、というのはライターのことらしかった。
ミュウツーが人の言葉を話せるということに驚愕する暇もなく、「嫌だ」と言った。

「何で貸す必要があるの?
これ、暗闇での私の唯一の光なんですけど」

「私にとってもそれは同じだ」

「じゃあ今までどうやって洞窟で暮らしてきたのよ」

問えば、ミュウツーは妙な顔になった。
イラついたのと困ったのがごちゃ混ぜになったような表情だ。

「自らの念力で光を作り出していた。
…そもそも、この状況の責任はお前にあるのだ」

何故にこの天災を私のせいにされなければならないのだ。
腹が立って、相手が最強のポケモンだということすら忘れかけてきた。

「なんでよ。洞窟が崩れたのは自然現象でしょ?」

「お前のポケモンとの戦闘が地盤を崩す原因になったのだ。
更に、先ほどの戦闘のせいで私には技を出すだけの力が全く残っていない」

故にお前のせいだ、と力説するミュウツー。
成る程要するに彼は今殆ど力が使えないのだ。
だから私を殺すという一番ありがちな選択肢に飛びつかなかったのだろう。

「ふーん。
まあ、いいわ。ライターを貸したとして、それでどうするつもり?」

「この場所から脱出する」

「私は?」

「置いて行く」

あなたは今、自分の立場がわかっていませんね?

「絶対貸さないから」

「ならば奪うまでだ」

腹部に衝撃が走った。
矢張り流石はミュウツー、と言ったところだろうか。
肉弾戦もそこまで苦手ではないようだ。
しかし私にだって意地がある。
必死でライターを抱え込んで守ろうとする、が。
あっけなく、それはミュウツーの手に渡り……

かつん。
からからから。

嫌な音が、響いた。

「一応、聞くわよ。
ライター、まだ持ってる?」

「新鮮な空気の出所が分かったことが収穫だ」

岩に、小さな隙間が開いていた。
新鮮な空気はそこから流れていたようだ。
……ライターは、そこへ落ちたようだ。

「この状況は私に責任があると言えるの?」

「すぐに渡さなかったお前が悪いだろう」

「そう?へーえ、無理やり奪い取ろうとしたのは誰だったかしら?」

「……っ」

相手が苛々と黙り込んだのが分かった。
しばらくの沈黙が続く。
だがしかし、今度折れたのは私のほうだった。

「ひとつ、提案があるんだけど……」

「聞くだけ聞こう」

「此処は一旦、手を組まない?」

かすかに頷いた、気配がした。





09/11/20






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