休戦日和


「考え、というか打開策、といったところね」

言いながら、鞄を開けて中身を取り出す。
私の手のひらに乗せられた回復の薬とピーピーマックスを見て、
ミュウツーの瞳が一瞬開かれた。

「ごめんなさい。ずっと黙ってて。でも、持ってたの」

ミュウツーは、何も言わなかった。
黙って私から薬を受け取る。
静かに、頷いていた。

「ようやく信用していただいたということか?」

口の端を吊り上げて言うミュウツーに、私はこの上ない安心感を感じた。
不思議だ。ついさっきまで命の取り合いをしていたというのに。

「薬の使い方は分かる? それじゃあ…」

「そこにいたのか、*」

ワタルさんの声が突然背後から聞こえた。
どうやら殆ど気配を断った状態でいたらしい。
隠れろ、とミュウツーに目で合図をして、私はワタルに向き直った。

「ワタルさん、少し、聞いてもいいですか」

此処で、此処で何とか足止めしなければ。
せめて、ミュウツーが薬を使う時間くらい稼がなければ。

「何だい?」
「私は、ずっと、強くなりたいと思ってきました。
ミュウツーを捕まえようと思ったのだって、そのためです」

ワタルさんは納得いかないような顔で私を見た。
やっぱり、信用していないのだろうか。
私としては結構本音を吐いたつもりだったんだけど。

「それは、結果的にポケモンを苦しめることになったんだと…。
そう、思います」

鞄を開けて、中を見る。

どのポケモンも、今まで私のために一生懸命働いてくれた。
そして、どのポケモンも私に懐いてくれたことなんか無かった。
道具のように扱った者の宿命ということだろうか。

「でも……だからこそ私、こうワタルさんに言えます」

言葉を切る。
ワタルさんが訝しげな顔をして――。

「死んでください!」

手にした鞄を、思い切りワタルさんに叩きつける。
いきなりのことで面食らったのか、一瞬よろけた。
その隙を逃がさずに踵を返して走り出す。
私のそれを合図に、ミュウツーが岩陰から出てきた。

「なっ…君に情けをかけたのが馬鹿だったよ。
ハクリュー、はかいこうせ…」

甘い。スピードはこちらが上。

「ミュウツー、サイコキネシス!」

光を頭部の球体に集めていたハクリューが、
洞窟の端まで吹っ飛ばされる。

その衝撃か、洞窟全体がぐらぐらと揺れた。

「なっ…!」

まさかミュウツーがまだ攻撃できるとは思ってもいなかったのだろう。
しかし、私の目の前で宙に浮き、ゆらゆらと尻尾を揺らすミュウツーは
私が初めて彼と会ったときと、まったく同じ姿だった。

「お前に命令されるのは癪だが、仕方ない」

ふ、とこちらを見て告げる。

「命令を出せ」

「そうはさせない…、かげぶんしん!」

よろよろと立ち上がったハクリューの姿がいくつにも分かれる。
この状況で再びサイコキネシスを当てられる可能性は低い…

ならば。

「スピードスター」

冷静に、呟くように言う。
ミュウツーの手から放たれた星が、きっちりと本体の体だけを貫いた。

勝負は、あった。

「ミュウツー!」

言いたいことは伝わっているようだ。
彼は無言で洞窟の一番大きな柱に手を向ける。
嫌な音がして、それがぼきりと折れた。

手をつかまれる感触。
一瞬の浮遊感。

気付けば、洞窟の入り口が音を立てて崩れるのを、外から見ていた。

「あ…ワタルさん…死んじゃうかな」
「カイリューがいた。平気だろう」

そう言って、ミュウツーはこちらに向き直る。

「よく…やった」

それだけ言って、こちらに背を向けた。
どこか、他の居場所を探すのだろうか。

それならば。

「待って、ミュウツー」

ふ、とこちらを振り返る。

「私、さっきの戦いで鞄からポケモンから全部ワタルさんに放り投げたままなの。
…行くところが無いなら、とりあえず……」

洞窟の外で、物ほしそうにうろうろしているトレーナーを指差す。

「アイツから金巻き上げて、打ち上げでもしない?」

今暫く、この妙な共闘関係は続いていきそうだ。






fin.




此処までご愛読いただき、ありがとうございました。
皆さんに楽しんでいただけていれば幸いです。




(10/03/17)







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