20’ Xmas' God save me & you | ナノ
[Menu]
20' Xmas God save me & you


 ふと視線を上げると、夕刻の空を鮮やかに彩っていた朱色は紫を帯び、東から迫る濃紺の夜に追いやられようとしていた。雲はその色彩の変化を受けて、今はくすんだ白が重く重なってきた。このままいけば雪が降るかもしれない。おそらく、降るだろう。
 黒い車体を慣れた風に操作し、京一はザリザリとスタッドレスタイヤの音をさせて、広々とした山間に設けられた駐車場に入った。
「ここか、ライトアップされているな」
 車の窓からきょろきょろと周囲を見るさまはとてもあの沈着冷静、傍若無人だと評される人間には見えない。
「ああ……ここは人気はあるらしいが今はそんなに混んでいないようだ」
「あ、数人が中にいるな。カップルみたいだ」
「俺たちもカップルだが、どうみても良家のぼっちゃんとそのボディガードに見えるか」
「ふふふ……そういうのも好きだぞ」
 軽口を叩きながら車を降りる。後部座席から取り出したそれにライターで火を点けた。
「……中々いい……素敵じゃないか」
 ランタンを持ってきたのは気まぐれと。少しは洒落た演出と、それをぶら下げている手はまあまあ温かいからだった。
 それにそこへ行くのに蝋燭やら何やら持っていくのが最近流行ってるのだと聞いた。
 日光にあるそこに行くとしても、そんなに熱心な信者でもあるまいしと言えば、クリスマスは特別っすよと垂れ目の後輩は笑った。

 昨夜、ぜひにと行きたいと。今現在は隣で歩いている彼は言った。
 整いすぎている顔がほんのりと上気し、緩んでいても清廉さは消えない。それまでは最奥をえぐるように突いて、散々泣かせたのだ。甘い声でねだって口に頬張りたがり、かけろというから嬉しそうに微笑むその花のような顔に雪を散らせるようにぶちまけたのだ。
 愛し気に舐めとる顔に苦笑しながら、そこに行かないと歯を立てると言うからわかったわかったと京一は了承した。
 根元に刻まれた歯型だけでそれはじゅうぶんだから。

「……そうだ。日本中が感動して泣いているのにな。俺はただ腹が立っていた」
「……ひねくれたガキだな京一」
 ランタンを二人、一つ手に持って駐車場の砂利道を歩く。
「そうか? あれは悲しいだけか? ……そういやタイタニックも俺はそうだったな」
「タイタニック? タイタニック号が沈んだ映画か?」
「そうだ」
 低い声で話す内容はそう、いつもの雑談だった。
「まさか女と映画を観に行ったんじゃないだろうな? あんなラブロマンスもの……」
「観に行くか。テレビでやってたのを視ただけだ。それにそれ、だ」
「それ? 何がだ京一」
 目線は近い。が、僅かに京一を見上げて涼介は尋ねた。
「俺はあの映画をラブロマンスものだとは思えねぇ」
「じゃあなんなんだ? 普通に女にも大人気の恋愛映画だったじゃないか」
「あれだけの悲劇を恋愛ものとか恐れ入る」
「……お前らしいな京一。さすが堅物」
「……智幸と同じことを言うな」
 片眉をあげて京一は涼介に顔を近づけて言った。その軽くすごむようなしぐさに涼介は笑みを浮かべる。
「で、フランダースの犬は?」
「あの悲劇をなぜ防げなかったと怒りが湧いてくる」
 ああというように涼介は口を開けた。
「……なるほどそういえばあれはイギリスの女性作家が現地を旅行した後書いたものらしいが、本場のベルギーの人々もあんな冷たい事はしないと憤慨ものだったらしいな」
 京一は眉間に皺を寄せて低く唸るように言った。
「ったりまえだ……唯一の保護者を亡くして犬と生きる貧しい少年を誰も助けないどころか、火付けの犯人と濡れ衣を着せて責め立てた。俺ならばそいつら村人を血祭りにあげてやる」
「……お前にかかればそういうのは全部バイオレンスになるな」
 感嘆しながら涼介は京一を見上げる。
「……あんな小さな子供と犬が飢えて凍えて、冷たい床の上で死んだんだぞ」
「だけど天使が迎えに来てくれたじゃないか」
「その前になんとかしてやりたくなる」
「ルーベンスの絵も見られたぞ」
「絵なんか俺がカーテンを捲り上げるか破ってでも見せてやる、それに温かいメシやベッドも用意してやる」
 京一の力強い声を聞きながら涼介は頷いている。
「まあ確かに死ぬ前にそうできたらいい話だな」
「あれはセンチな美談なんかじゃねぇ。そう捉えて泣いてる連中が俺にはわからないだけだ」
 京一の厳しい横顔を涼介は少し眩しそうに見つめた。
「なるほどな」
「だからあのアニメを視てからあまりいい気はしない」
 ランタンが揺れる中、二人は正面入口そばの門のところに来た。
「クリスマスに何度か誘っても、教会に行きたがらなかったのはそのせいだったのか」
「今更青臭いガキみてぇに神も仏も信じちゃいねぇとはいわん。ただ、あれを思い出して腹立たしくなるんだ」
 見上げれば、ライトアップされて慎ましくも荘厳な日光の教会があった。
「……京一」
「なんだ?」
「助けられない自分自身に腹が立つんだろう?」
「……かもしれん、いや。そうだろうな。たかが仮想の世界でも」
 ゆっくりと歩き、二人で教会を眺めながら言葉は紡がれる。
「京一」
「なんだ?」
「オレはお前に愛されて良かった」
 京一は涼介に向き直った。涼介はその横顔を教会に向けて話をした。
「なんだ? 急に」
「お前は、オレを見放しはしないだろう?」
「……どういう意味だ」
「オレを見捨てもしない」
「当たり前だろうが」
「だけど、お前自身がオレにとって良くないのなら、お前は……」
 京一は一瞬、何かを飲み込むような音をさせた。
「……」
「そんな事は未来永劫あり得ないけどな」
「当然だ」
 
「ふふ……ほら着いたぞ」
 門から手入れされた冬の庭園を歩き、二人は教会の入口そばにいた。そこへまるで綿のような白い雪が舞いながらチラついてきた。
「ああ、おあつらえ向きに雪も降ってきたな」
「クリスマス……雪がチラつく中教会でデート、こういうのけっこう楽しみだったんだぞ」
「……」
「お前と来るのが」
 涼介が悪戯っぽく京一の肩に身を寄せた。
「……そうか、すまなかった」
「京一。お前のその気持ちがオレの中のあの少年を温める」
「……」
「…あの少年のようにとてつもなく悲惨ではなく、ぬくぬくと恵まれた中で育ったオレであっても」
「……」
「オレはあの少年に共感した。あの絵を見る事だけが救いで、やっと見られて。そして……自由になれたんだと思ったんだよ」
「……涼介」
「少年の腕にはパトラッシュがいた……オレは……持っていた車のおもちゃや模型、本も捨てられてしまったけど」
「……」
「そして道を決められて生きてきた……京一、顔がどんどん怖くなってきたぞ」
 教会の中からのあかりを受けて京一の顔の陰影が深くなる。
「……悔しくてな。なんで俺はお前のそばにもっと早くに行ってやれなかったのかとな」
「ふふ……でも会うべき時に会って、そしてお前はオレのパトラッシュであるFCとオレを全力で救ったんだ」
「……」
 ふと脳裏に浮かぶ―――――――誰もいない冷たく広い空間に雪のように輝くFCが主を乗せている。FCに乗った涼介は誰よりも速くなる夢を見ながら、眠りにつこうとしている―――――白い、輝くように白いクリスタルホワイトのFCは、涼介を守り、共に―――――それを頭に浮かべた京一の目が、痛々しく細められる。
「オレが最後まで手に入れられないだろう、己の信念をかけた本気の全開バトルを、公道から去り行くオレの肩を掴んで引き戻し……」
「涼介!」
 ぽたりと。夜空のような目から落ちる雫。それは全く意識なく落ちた。
「……」
「涼介……」
「……そして日々、お前に愛されオレは……」
 詰まるような声は、そしてくぐもりに変わった。
 京一が腕を回して、涼介の身を抱き寄せたからだ。
「わかっている……お前がどんなに走りたかったか……」
「……」
「どんなに……夢を見ていたか……」
「……」
「……俺は誰よりも知っている」
 誰よりも。もしかしたら自分よりも。己を知って守ろうと。癒そうとする存在がここにいる。その存在に抱きとめられている。
「京一……」
「なんだ?」
「教会はまだ冷たいイメージか?」
「……いや、……ガキの俺が救えなかったものを俺は救えるようになったんだな」
「……そうだ……そしてお前の腕の中にいる」
 そうだ。京一自身も救われる。涼介が涼介のまま、腕の中で笑っている事で。
「ああ……そうだな。温かい体のまま……俺が幸せにしてやるからな」
 教会からは讃美歌が流れ始め、
「メリークリスマス京一……お前が好きだ」
「俺もだ涼介、メリークリスマス。お前を心から愛している……」
外では降り行く雪の間で、闇と彗星が微笑みながらキスをした。



end

Pict

SS Deep

[MENU]

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -