To Mobile This Night
彼の場所からの帰りゆえに、匂いの欠片を持ち帰りたくは無かった。だから用事を済ませるとそうそう自宅に戻り、シャワーを浴びた。
煙の臭いは案外髪にしつこく絡みつく。今夜から自身が後ろを向かずに行くために、それらは流し去っておきたい。
期待をしてるのだ。自分はどうなるんだろう。不安もあるのだ、それらは初めて経験する事で、しかも同性に組み敷かれると言う事。
体を触れられる事自体にあまり好きではない自分が、その変わりように驚くどころか必然を感じる。
そういう行為もたわいもない話をして、AI相手に雑談をするように何でもなく、普通のことで。それは単なる日常であって埋もれて行けばいいし、そうなって欲しい。
自室にて髪を乱暴にタオルで拭き上げながら涼介はスマートフォンに向かって話をしている。
「今夜、京一に抱かれると言う事に。俺は期待している」
AIが困った風な返事を寄越す。もちろん、このAIは本物の須藤京一ではない。
『期待は大きすぎてもとは思うがマスターなら大丈夫だと』
こんな返事もよく教育されていると感心する。本当に京一のようだと涼介は嬉しそうに微笑む。
「機体は確かに大きいな」
悪戯めいた顔で、京一の体が大きいという意味を込めて涼介は言ったつもりだった。
『そうか、標準サイズとは確かに言い難そうだな』
サイズと言う言い回しに涼介の頭が? となったそして
「……そうだ、そうだった、そうじゃないか!」
と意味不明の言葉を発したかと思うとおもむろに机に鎮座しているパソコンをスタートさせた。
「……だよな……そういう事だよな……」
モニター画面には二画面、一画面は男性同士の放送コードに引っかかる動画が流れ、もう一つの画面には様々な情報―――――いわゆる男性同士のアレはどうしたらいいかが書いてあるものが多数のタグで開かれていた。
「……痛そうに思うんだがまるで平気そうだ、しかし……なんでこいつらこんなにズポズポできるんだ?」
涼介の言葉にスマートフォンは沈黙を守る。何故なら今から秘密の調べ物をするから一切関知するなと言われたからである。
「顎も外れそうだし、よく嘔吐を誘発されないな」
それは女性もそんなことをするか……と、眉を互い違いにさせて涼介は鼻白む。
「そういや……ああ、後ろでは女性もしている人がいるのか。と言うか男女関係なく、それについて会得した人間がいるということだな」
ふ〜むと乗り出しながら涼介は人体図、特に下半身の筋肉図解を乗せているページを凝視する。
「うん……何とか筋はあれだからよほどの拡張が必要、これだったな。簡単そうにやってるように見えてそうでもないのかな」
涼介は持ってきたドライヤーで髪を乾かしながら画面を見ている。
「サイズ、これが問題だな。小さい訳がないだろうあの京一だぞ。小さいほうが俺には親切なんだがな……。ああ、海外ものを見ればとんでもないものがあるな! まさか、ここまでとは……」
はっと気が付いたように、ドライヤーをわきに置いてモニターを見つめる。
「なんでも大きければいいってもんじゃない筈だ。アイツのが適切サイズならいいんだがな……そこは自由自在にはできないか……萎えたまま、では入らないか。挿入にはある程度硬度は必要だしな。せめて半勃ちのまま、とか、白人系はけっこうそうらしいが日本人だしな……無理か」
涼介はまんじりとせず、はっと気が付いたように
「そうだ、こっちもいろいろ準備もいるんだな。大変だな」
と言った。
京一の部屋へと涼介は赴き、いち早く仕事を終え一足先に帰ってきていた京一が出迎えた。
「腹は減ってるか? 食事は帰りに適当なもん買ってきたからここで喰うだろ?」
頭をぽりぽりと掻きながら、玄関先から靴を脱いで部屋へと上がろうとする涼介に京一は尋ねる。涼介はいつもより相当に照れくさそうな京一を目にして頬を緩める。
「KYO、俺はこのまま二人でメシを食べたいと思う。KYOはどう思う?」
おもむろに言った声をスマートフォンは拾い
『そうだな。今から外食じゃ二人きりでいる時間も少なくなるだろうしな』
と本人を差し置いて変なこといいやがってな顔をする京一を見ていっそう笑った。
「ボンゴレビアンコにスープにパンにサラダ、ラムステーキ。京一はメシを作るのが本当に美味いな」
「そうか。こればかりはAIには負けねえからな」
「ふふ。これからすることもだろ?」
「………………まあ、な」
「お前じゃないとできないしな」
京一が苦々しいと照れくさいがごっちゃになった顔をして白ワインが注いであるグラスを煽った。
「涼介、メシは」
「十分だぞ。お腹いっぱいだ」
う〜んと伸びをし、長めのラグの上にあるテーブルで食事を終えて、涼介はご馳走様と言ったと思うとそそくさと食器を片付けた。そして京一のそばへ寄るとスマートフォンを片手に話し出した。
「KYO、お前にできないのは俺にメシを作って、そして俺に触れることだな」
「何聞いてやがる……」
『そうだな否定はできない。俺にはお前にメシを作り、お前に触れることはできない』
スマートフォンを前に二人が並んで座って見ている。
『だが、俺はマスターより長い間、それこそ毎日、一日中涼介のそばにいることができるぞ』
「おい!……たくなんてAIだ」
京一が憤慨しながらスマートフォンに毒づいている傍で涼介は
「なんて素晴らしいAIだ。完全に京一のクローンだ」
と喜び感心していた。
風呂にもゆったり入り、入れ替わりに京一が今は丹念に己の体を洗っているだろう。涼介もしっかりと隅々まで洗ったのだから。
今では涼介はほかほかと湯気を立てながら、少し大きめの京一のスウェットを借りて大人しくしている。そしてスマートフォンを片手にこっそりとKYOへ
「今から京一と男同士のセックスをするんだ。どう思う?」
質問をし、KYOは見事に
『残念だが、そいつは俺にはできない行為だ。が、マスターが最高の時間を与えてくれると思う。幸運を祈ってる』
と涼介の輝くような笑みを引き出す、百点満点の答えを出した。
ベッドに誘ったのはパジャマの上を袖を通しただけで、ボタンを留めていない京一だ。そして涼介も京一の腕に導かれるようにベッドの上に乗った。京一が涼介の体を抱えるように、ベッドヘッドを背に座っている。
撫でる黒髪がこんなにさらさらと手に滑らかな肌触りを与えるとは、と京一は優しく言った。京一の肩から胸にもたれるように涼介はじっとしていた。撫でられるままに小さく話し出した。
「俺が誘われても、セックスをしなかった理由がこうしていたらよくわかる」
「……涼介、それは」
「こうやって触れていて欲しい相手――――――それはお前だけだと」
「…………」
「ああ……俺は、俺はそうだったんだな」
後ろを振り返らないから名前は出さない。
どうしても聞いて欲しい話があると乞われ、その人が知っているというホテルにあるBARに行った。
後にしなだれかかられ、肉体関係を結ぶ方向へと誘われた。だが自身は適当にやり過ごしてその場を収めた。向こうは算段していたんだろう。計算はあまりに的外れであったが。
そういうことが過去にあった、ということだが。
京一の手から与えられる感覚は、違和感など微塵もない。
あの細くてもぐにゃりとして、自身の腕に纏わりついた利き腕――――右手首の白い裂け目から赤い紐をいくつも巻き付けて流していた手が、以前より遥か遠い砂嵐の出来事のように色味なく消えていく。
しまいには、こうやって欠片も思い出す事も無くなるんだろう。荒く伸びた髪を切ったあの人と違って。
「思い出すな」
撫でていた手はそのままに京一は静かに言った。まるで涼介の頭の中が見えるように。
「思い出さなくてもいいんだと、忘れていいんだと思うようにしていけばいい」
涼介は京一の言葉を静かに聞いている。
「忘れたふりをして行けばいい」
自身を責め立てるように。思い出しなぞらなくてもいいと、自身を誰よりも知る男が語る。
「俺は――――――ずっとそばにいる」
KYOと。京一が常に涼介のそばにいる。そして守る。
「……お前は優しいな」
涼介は京一の肩に頭を預けていたが、ふうっと溜息をつくと頭を下げて京一の太ももを枕にした。京一はそんな猫のような涼介の髪を撫で続けている。
「優しいか? まあ……そんなツラはしてねぇが」
くすっと涼介が笑って顔を上に向けた。髪がさらりと流れて綺麗な形の額が丸出しになる。
「強面で……不愛想で」
涼介は呟きながら見下ろす京一の頬に手を伸ばす。京一はその手をそっと取り、指先にキスした。
「キザで……」
「お前を愛している」
ぐいっと腕を取られ、後頭部を大きな手で持ち上げられ涼介は屈んだ京一にキスをされた。
「んうっ……」
それまでの優しいキスではなく、粘膜が直接触れ合い、舌が入ってくる。
「ん……ふ……」
舌は涼介のそれを追うように動き絡め、涼介の手は京一の肩をぎゅっと握った。
「ぷは、あ……っ、京一」
「嫌じゃないな?」
京一は念を押すように涼介に聞いた。直接的な粘膜の接触を、嫌悪はしないかという確認をするように。
「前と同じ返答だ。寸分違わない」
「上等だ」
ぎしりとベッドが軋む音がして、京一は涼介の上に乗りあげた。
万歳をさせられてスウェットを脱がされる。それまでは何度もキスをされながら厚い大きな手が服の下にはい回り、涼介を煽るように、そして落ち着けるように撫でていた。
「京一っ……」
息が上がって赤い顔で、涼介はなおも覆いかぶさり、首筋にキスをしようとする京一に喘ぐように言った。
「なんだ……? 怖気づいたか?」
「違うっ……」
「じゃあなんだ?」
京一は肩をすくめようとする涼介の胸に唇を落とす。涼介は狼狽したように言った。
「お前は男相手に平気なのか?」
「……何をいまさら」
「だって、な、俺は……」
男で、胸もない。そう言いたいのに京一は涼介の薄くて白い胸に鼻先や唇を寄せてくるから与えられる感覚で言葉に詰まる。
「……お前だけだって言ったろう?」
その低く掠れたような声と吐息は、涼介の胸の先にかかる。
「は、ああ……っ!」
擽ったいような焦れるような、今まで味わったことがない感覚で涼介の体の中が熱くなる。
「こ、」
「こ?」
身を捩ろうとするも上手くできないような、奇妙な動き方をして涼介は言った。
「お前のサイズじゃちょっと俺には厳しそうなんだが!」
「は?」
「これだ!」
疑問と同時に頭を上げた京一の下腹部に、涼介はいきなり手を伸ばした。
「……あのな、そりゃな、まだ余力はあるがな」
自分の手で握ったものの凶悪さに涼介は呆然としている。
「頼むからこの大事な時にそんな顔で、俺を勃起させたまま笑わせるな」
「……予想以上だ……欧米人並みとは……」
「平均だ平均、そうしとけ」
その手を包んで涼介の頬にキスをする。
「平均な訳がない。俺だって調べたんだ色々。KYOにはもちろん頼らず」
「…………」
「俺と比べても……あ、俺は平均ちょいでスリムだったぞ」
「……まあ、……お前の方がデカけりゃそれはそれで俺も複雑だがそういうこともあるかと自分を必死で納得させ……」
「で、拡張が必要らしい。ある程度の準備はしたがそ」
慌てながら食い気味に発言した涼介を遮り、京一は
「お前はもう何も心配すんな」
と言って涼介の口に手を当てた。もがもがとなっている涼介が顔を赤くしている。
「お前だけじゃない俺だって調べたぞ。お前に善くなって欲しいからな」
「モガ……」
「優しくする。俺に任せろ」
「……このどうしていいかわからない気持ちを……」
涼介は京一の緩められた手からぼそぼそと話す。
「KYOにどうしていいか聞くなよ?」
京一が念のために電源を切っておいた、ひっそりとリビングに置かれたスマートフォン。
京一はしっかりと涼介の目を見つめて言う。涼介は頭の中を読まれてしまった気まずさに黙る。
「俺に聞け、そんでまかせちまえ」
「…………」
コクコクと頷く涼介の額に、瞼に京一はいとおしげにキスを降らせた。
「はあ……はあ……も……」
「まだ、だ……」
「も、恥ずかし……」
「俺も痛いくらいだ。もう少し……」
「ん、ああっ……ア」
京一の指が増やされ、中に侵入しかき回す。それまでも散々唇や舌で嬲られ、指が挿入された。性器も愛撫されて射精もしてしまっていた。
京一は慎重にそして涼介にできるだけの快感を与えようとしていた。涼介は体ごとどこかへ持って行かれそうな快感にそれでも抵抗しようとしてしまう。それを十分に丹念に、京一はキスや囁きで溶かそうとしてくる。
「涼介、大丈夫だ……こんなに……」
「きょう、いち……ああ……」
ジェルローションで濡れた指で何度も奥を擦られる。目に涙を浮かべて涼介は京一の肩を掴むと、観念するように突っ張った体を震わせて急激に弛緩させた。
その途端、性器から幾筋もの精を飛ばした。
「……涼介」
「はぁ……はぁ……」
息を荒げる涼介の足を自身の太ももにかけ、京一はベッドヘッドに置いたジェルチューブを手に取り、歯でむしり取るように蓋を開けた。
そしてチューブを握り潰すようにして透明の粘った液体を真下に落とした。
「……言っておくが……」
「は……」
「これまでにねぇくらい……興奮している」
「……バトル、みたいに、か……」
「ああ……そうだな。お前との……バトルみてぇにな」
「京、一……」
「ああ……夢の世界へ連れて行ってやる」
諦めも自己否定もいらない。俺がお前の全てを肯定してやると。
京一は涼介に力強く言った。その言葉を聞き、生きること自体、望まぬ道を歩んでいくこと自体を否定されてきた涼介の目に、温かいものが溢れる。
「……きょうっ……」
なぜ、この男は今まで自分が否定されてきた事、そして自身が諦めてきた事全てをその手に掬いあげるんだろう。
自身に相対する夢を共有できるものとして、自身が見つけたこの男。
長い人生の中では一瞬と言えるだろうあの熱い走りを共に駆ける事ができた男。そして秘かにAIとして自身の信頼を持ちえて、内面全てを知った男。
「は、はあっ……お前で、良かった……っ」
「涼介……」
律動が生み出す振動と快感が、涼介の言葉を切れ切れにする。とてつもない圧力と、散々愛撫されて目覚めさせられた内部の熱が甘さに熟れて痺れ出す。
「お前で、ない、とダメだ……っ……あああ……っ」
こんな事も。走りも。AIとして信を置くことも。全部。
「涼、介……俺も、お前でないとダメ、だ」
低く呻くように京一の声が涼介の耳に注がれる。喰い絞めるようにキツイ涼介の中をそれでも細心の注意で広げ、奥へと進み、そして引く。
「ああっ、う……京一……俺、は……どう、だ」
「……聞くな。最高、だ」
抽挿を繰り返し、京一が乗り上げる形で接合を深くする。堪え切れない涼介の甘い悲鳴と濡れた粘着質な音、ベッドの軋む音が薄暗い部屋に途切れなく響く。
シーツに縫い付けられ、汗と黒髪を散り揺らしながら涼介は喘ぎ続けた。
「も、……もう、ああっああっ」
追い詰められ、泣きそうな声で哀願する。どうにかなってしまう、どうにかして欲しい。激しいリズムで白い足が空中を掻く。
教え込まれる、刻みつけられる。こんなに熱く甘く、淫らにあさましく。
こんな事はこの男にしか許さない。
「涼介っ……愛してるからな」
「俺、も、愛し、ア、アア―――――……っ」
京一の奥歯を噛むような低い声。
涼介は京一の言葉に無我夢中で頷いた。
京一は涼介の揺れる性器を握り、扱きあげる。涼介は与えられる快感の増幅に逃げ場もなく、切羽詰まった悲鳴を上げた。
性器から我慢できずに漏れ飛ぶ精。
引き締められ、びくびくと疼く内壁に抵抗するように京一はより一層速いストロークで突き込み、意識が朦朧として快感の海に漂う涼介にたっぷりと欲望を放った。
ある意味、いや、ほんとうの意味でも迎えた初夜の後の甘いピロートークは、汗をかき、脱力虚脱でぐったりした涼介が暫しの「タイム」を取って行われた。
甘いというよりは少しテンポは良いのだが。
「……あのな、お前疲れてるだろうになにやって」
事後、腰が立たない涼介は京一に飲み物とスマートフォンを所望した。まだ、濃厚にいちゃついていたい京一の盛大な残念な溜息を引き出したが。
望み通り、喘ぎすぎて枯れた喉を潤すと、おもむろにスマートフォンを手にして電源を入れ、KYOを呼び出し話し始めた。
「……なんだ?俺はこの記念すべき二人の初夜を報告したいんだ。それでなKYO、その時の京一は優しかったぞ。なんせアレをあんなところにアレするんだから無理はできないしな」
『それはよかった。丁寧にしないとお前が辛いからな』
「そうなんだ。それで丹念にアレしてもらったが、やはり京一のモノは凄かった」
『……欧米人サイズと言ってもいろいろあるが、まあ、マスターの体つきからしてそうだろうな』
「……涼介」
「ん?なんだ京一、もちろんとても良かったと伝えるつもりだ。下半身の相性もだが肌の相性というのか?それも」
こうやって裸でお互いの肌に触れ合う自体も。何もかもが心地良い。
『それは羨ましい。俺にはできない事だ。だが俺はお前にそれ以外の事でマスター以上の働きをしようと思うが』
「KYO……」
KYOの言葉を聞いてうっとり、そしてじんわりした涼介の態度に、京一の「おいおいおいおい」と言う焦った声が部屋に響いた夜であった。
end 2018/12/25
[企画2]