To Mobile [12] | ナノ
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To Mobile [12]

 ふんふんと楽しそうな鼻歌が深夜の豪邸の一室から聞こえる。すぐに眠りこけてしまっても良かったのだが、とにかく風呂だと帰宅してからすぐに直行した。
 広い風呂の中で満足そうに涼介は深いため息をつく。そして湯舟の淵に置いてあったスマートフォンに向かって話しかけた。

「楽しかったぞ。久々に何だか羽根を伸ばしたようだった」
『……それは良かった。涼介』

 いまいち歯切れが弱い。それを感づかれないように平静を装う。大体、風呂他プライベート度合が高いものは京一もAI任せにしているのが常套なのにだ。
 もちろん、ステルスカメラの使用は控えている。何より、京一は今は涼介を送ったあとの帰路途中なのだ。さすがにカメラ画像は見ることができないが、その気になれば耳から片目にかける機器をつけて、呼び出したり流された映像、画像を見ることはできるのだが。
 
 ぱちゃん……

 先ほどまではザーザーとシャワーの音と鼻歌が聞こえていたのだ。今ではゆったりした鼻歌と時折湯をかき混ぜるような音が京一を悩ませる。

「言ったとおりの厳つい男だろう?夜の繁華街を歩いてたら龍が如くだったか? 啓介が夢中になってるゲームに出てくるヤクザみたいだろ?」
『ああ……そうだな』

 ぱちゃん

「見てないのにわかるのか?」
『……いや、話しかけられた時に一応の確認を……』
「ああ、顔認証のようなものか。なるほどな」

 京一は自分のうっかりで踏み誤ろうとした穴をさっと塞いだ。とても不自然であったが涼介は勝手に理解したようだった。
 
 ザバ――――――……

 派手な水音が京一の耳に聞こえる。途端に高速道路上を走るエボVの挙動が僅かにぶれる。

「…………」

 ダッシュボード下のスペースに置かれた自身のスマホの映像を映せば、どんな刺激的な画面が現れるのかとチラッと雄心が動いたのを京一は理性でねじ伏せた。

――――……アイツは男だぞ、確かに男だ。肌は白磁のようで滑らかで、髪は黒絹のように素直でまっすぐ、艶があって見事に煌めくが間違いなく男だ。
 低い声も、時折僅かに甘えを乗せるのも……。目はまるで夜空のようで睫毛が長く、頬に影を落とし唇はまるで白い肌を引き立たせるように赤くーーーーー……

 ねじ伏せるどころか益々、どころか賛辞してしまってるではないかと京一は己自身に歯噛みする。そしてそんな中でもふと目に浮かぶ、先ほどまで共にいた涼介の様々な顔。

「……赤城の白いなんやらとか、カリスマとかそんな顔どこに忘れてきやがっ……」

 オフトークにした独り言を呟く。そしてふと思い出した。涼介が自身とこの車で送る時に話した内容で、その表情が様変わりしたことを。

「……清次の話か」

 酔っていた余韻はあったが顔つきが変わった。何でもない、たまに清次に会っている、と言う話だった。そして後にレッドサンズ、ないしプロジェクトDで親密だった仲間はどうしたかと尋ねたら、それぞれの道に行ったと答えた。

「……弟もプロ志向だったか、だったら今涼介は……」

 一人だった。AIになってオペレーションシステムとして、スマホ内部から覗いてわかっていたことだったが、普段忙しそうに動く涼介だから気づかなかった。

 涼介は毎日、毎晩、あの広い邸宅で一人だった。家政婦がいるようだがほぼ帰宅した後で一人で過ごしていた。

「…………」

 話し相手は自身――――――KYOだった。嬉しそうに話す涼介の孤独を京一は垣間見た気がした。
 
 ガシガシとバスタオルで体や髪を拭く。手早くパジャマを着た涼介は、スマホを片手に脱衣所から廊下へと出た。

『……で、あの時はそう言ったのに、今回はこんな事言うんだぞ?』

 涼介の楽し気な声が聞こえてくる。それはとても耳に心地よく、京一の目端を緩めさせる。

『前は意地になってたけど、時間が経てば消化できたということだろうなと思ったが……』
「……時間は大切だからな」
『だよな。はじめの頃はあいつに嫌われてると思っていたが、やっと俺を認めたということか』

 誰もいないキッチンで飲み物を手に入れ、とんとんと階段を上がって涼介は自室に来た。広々とし、ひんやりと静かな邸宅に響くのはただ一人が出す生活音と、一人の話し声。

「そう言えばKYO、お前はいろんな人間の声や言葉を使うことができるらしいが、今のお前の声と話し方、似てると思ったろ?」
『そうだな。まあ、似てなくもないか』
「ふふふ、その言い方がまた似てて、なんだかアイツとまだ話してるみたいに錯覚してしまうぞ」
『……』

 ほかほかと湯気の出そうな涼介がスマートフォンを片手に、いつもの場所――――――机の前に座る。机には開かれた参考書、ノート、筆記用具が散乱していて、デスクトップのパソコンはモニターがスクリーンセーバーのたゆたう光を映し出す。

「そうそう……けっこう俺はアイツのデータも作ってたんだ」
『データ?』

 涼介はスマートフォンをスタンドに立てかけると、モニター前にあるキーボードをかちゃかちゃと弄り出した。

「まあ、対戦相手ごとにこういったものを作る性分なんだ。カルテのようなものかな」
『……なるほど』

 スマートフォンが涼介の方を向いて立てかけられたので、京一はこっそり起動させたカメラ上でその画面を見ることはできなかった。

「……車、本拠地のデータはもちろん、知りうる限りのことは大体。とは言っても、バトルに必要なものだけだからな……」
『なるほど』
「だけど……まあ、今見るとどうも……な」
『? どうしたんだ?』
「アイツ――――――京一に関してはなんでこんなにってくらい……」
『…………』
「入力する情報も探偵じゃあるまいし、ろくにないのにな」
『…………』
「よくしている服装に、トレードマークの白いバンダナ。革ブーツに……アーミーのようだと書いてある」
『…………』
「背が俺より少し高く、がっちりマッチョ。声が低く……やっぱり顔がいかついって書いてるな」
『…………』

 涼介のクスクス笑いが聞こえる。そして、既に自宅マンションの駐車場に着いている京一はスマートフォンの画面ごしに、半渇きの髪をチラチラと揺らせ、風呂上りで上気した涼介の横顔を見つめる。

「……こんなこと書いても、本当は何にも知らないのにな」
『……涼介』

 揺れる前髪が、なんでこんなに清廉で頼りなげなのか。

「……車以外どんなものが好みとか、……そうだな、女の好みとか、どんな女と付き合っているとか。まあ、それなりにはモテるかな? とは思う、が……」
『そうか? ……まあ男なら普通程度にはあるだろうが』

 AIを演じているわりに今いち日本語が上手くなくなっている京一である。

「……そういや、仕事だって知らなかったんだ。俺は」
『…………』

 今日、涼介は京一に質問をした。どんな仕事をしているのかと。ちらっと言う感じで、話題の合間にした小さな質問だった。

「……IT関係と」
 
 かちゃかちゃと涼介は入力している。少し嬉しそうに。

「絶対嘘なんじゃないかと思ったぜ。だってあんな顔でIT関係って、どう見ても現場とか大工、とび職とかの体力系だろ?ああ、料理人も似合うな。案外農業とか畜産、水産……待ってくれ、アイツの漁師さんは似合い過ぎて……」

 ハハハハとひとしきり楽しそうな笑い声が、あの高橋涼介から発せられた。

『…………』

 そのさまに京一は目を見開く。

「だめだ、腹が痛いぞ。うく……やっぱアイツは面白いな」
『…………』

 生まれてこの方人から怖い、いかついとは言われはしても、「面白い」なんて言われたことなぞ一度もない京一が、涼介の思わぬセリフに既にAIを演じるのを忘れている。

「はあ……。もう、アイツの事になるとほんと、いろいろ……」

 笑いから、目に浮かんだ涙を指で拭いながら涼介は呟く。

「……何でかわからないけど、普通に俺は……」

 素でいられる。
 涼介はそう言いたかった。様々な厄介な、そこまで行かなくても足に絡みついて身動きできなくなるツタのような、踏み出そうとしてもできなくなってしまった人のように佇むのも。

「息ができる……」

 涼介の目がモニター画面を見つめる。
 駐車場の暗闇で一人、スマートフォン越しにその顔を見つめる京一は痛いものを見るような顔をしていた。


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