To Mobile [5]
最近の電化製品の進化には目を見張る物がある。元は軍事転用であったものも多いのだが。少し前に発売されたそれをもっと精度がよく、小型化されたものを須藤京一は身につけていた。
カナル型イヤホンのようでもっと小さく、耳朶の裏につける。言葉がアレだが、イヤリングの逆…と言えばいいだろうか。
そしてそれは音を聞くだけでなく、骨伝導と筋肉反射で、小さくつぶやく声をマイクとセンサーで拾う。雑音から話す本人の声を選り抜き、それもとても精度よく伝える。
「……そうか。で、それはどうするつもりだったんだ?」
他の人に聞こえるか聞こえないかの声は、その小さな機械から空間を超えて伝えられる。
「……そりゃあ、お前らしいな涼介」
自然に出る笑み。しかし僅かな罪悪感。
暗い部屋の中、ブースの中で京一は最新型のパソコンが照らす蒼白い明かりに照らされ、肘をついて指を額に置き静かに笑う。
仕事の上での服装は案外自由だ。IT関係はそういのも多い。 ましてやソフト、AIの開発だから、研究室や精密機器を弄る場所出ない限りは気楽にカジュアルなスタイルで過ごす。
特にここは余計に。
律儀な出社も求められず、可能であれば自宅での就業も許されているほど自由度が高い。
なぜそんな仕事をというほどでもない、元々はとある独自のシステムでちょっとややこしいソフトやアプリの開発をもとにする小さな専門企業であったが、映画のように人工知能が実現可能レベルになろうとしたときの、市場導入を見据えてとある大企業が秘かにバックアップをするようになったらしい。
数年前から提唱されていた、人のかわりに人の相手をするAIの実現は、ほぼ可能だということ。だが、それをどのレベルまで市場に反映させるかで、各社各機関との法律、モラル、その他の折合いにかなりな時間が要したこと。
そしてそれらがクリアできた時に、マイクロソフトやアップルがいっせいにスマートフォンに音声認識人工知能を搭載させたこと。
「……いや、そうだろうなとは思った。お前なら、涼介……」
そこから少し、いや多大に。スマートフォンの中に入り込み、発信、記憶されたすべての事柄から、持ち主のタイプ、個性、好み、嗜好等々、無限に取り込み分析し、圧縮されて簡便化されたそれを分析し、最適な言葉で送り出す。
「なんだ? 眠くなったのか……?」
ことに孤独な人間の――――誰にも言えない気持ちの吐露。
京一の目が細まり、それは慈しみを覚えるかのような情感を見せた。だがそれを、点滅したパソコンの中のポップアップが普段の厳しい目に変えた。
「おやすみ……涼介」
声音は先ほどと変わりないまま。
自分ではどう思っているのかはわからない。
涼介は、一人になればかなり饒舌であった事実。それは本当に一人であって、ヒトは涼介のみである。だとしたら、独り言がやたらに発せられるかと言えば。
そうでもない。話しているのだ。スマートフォンに向かって。
「俺がやたらに電話でしゃべっているけど、誰と話しているかと啓介が聞いてきてうるさいんだ」
「ああ。だって俺は長電話なんてしないからな」
「当たり前だ。女子供じゃあるまいし」
やはりスマートフォンに向かって、涼介は話している。片耳にイヤホンをつけて、ベッドの上でぼんやりとしながら。
「……なんだ。明日行きたいんだが、その図書館への行き方は……」
「そうか。わかった。ああ……KYOと行くような感じだな。変な感じだが」
「ふふ……期待しているぞ」
涼介は暗い部屋の中、スマートフォンの明かりに照らされた嬉しそうな笑みを見せた。
「…………」
須藤京一はオフィスで不愉快を露わにタンッとキーを叩いた。それまでテストAIの被験者だった者の一人がやはり――――――その手の方に流れた。
「……結局そうなるのか」
深い溜め息、予想はできたしいい気はしないがそういった方面の売り方――――販売ももちろん考えられている。
広い市場を狙うには、セクシュアルな方面への開放を視野に入れるのは当然だった。
だが、京一の扱うそれーーーーーー「KYO」は。
扱う人間の深層と言われるだろう奥底までさらいあげるゆえに、KYO一つの進み方によっては、とても影響を与えてしまうことになる。
『お願い……KYO……出てきて……愛してるの……KYO』
女の泣き声が小さく聞こえる。京一は深い溜め息を一つ吐くと、極めて冷静に定型文を伝えるようコマンドを押した。
「あなたと出会えてとても幸せでした。いままでありがとうございました」
機械的に、本来の京一の声とは違う、話し方も違うAIは女に告げた。何人かは精神的飢餓で身体の危機を呼んだ。恋しさのあまりに病んでしまった。
熱烈に、このAIとの声のみのセックスを望むものもいた。それ、つまり恋愛は。もちろん規定に反する。
京一の受け持つ被験者の数を考えれば当然なのだが、元よりAIなのであるから、京一が実際に被験者の相手をしているわけではない。ほとんどが選りすぐった定型文を伝える。その持ち主のすべてを知り尽くして。
なのに、だが。
『……う、うう……』
はっと京一はイヤホンに手をやった。出会いは偶然、いや、出会いは峠だった。何度目かの再会を経て、しばし峠から遠ざかり再会したのは偶然だった。
被験者を望む、いや違う。テストアプリを試すと言いつつ、被験者を集めた。
――――――……違う。見知った電話番号、アドレスだった。たくさんある中、見つけたのは運が良かったからか……
彼だけはAI任せにはしたくなかった。とりわけ物理的に無理な場合を除き、京一自身が相手をした。そしてその京一は弁解めいた自身の感情に眉を顰め、声がした被験者の様子を伺った。
『……んぱ……お、れ……』
「…………」
痛々しい、悲しい声。京一は何度も聞いていた。KYOの前のKIRIの情報も集めているから。音声認識をバックグラウンドでずっと入れたまま、スマートフォンに伝えられた声の数々。
『……が、しんだ方が……いい……んですよ……ね』
「涼介……」
最近は実はマシになっていた。独り言、眠ってからうなされること。涼介は知らない、あの――――――騙された挙句突き付けられた一人の女の死を、その死の責を負わされ、親しかったもう一人の男の慟哭を忘れることはできないということを。
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[企画2]