To Mobile [3]
聞き慣れない、先ほどまでそこから流れてきていた声とは違う、機械的ではない豊潤ともいえるような低く優しい声。
「……スマホから?」
KIRIの声は女性の、やはり機械音であってこんな声ではない。これが新たなOSの声なのだろうかと涼介はいぶかしみながら、デスクに立てかけてあったスマートフォンを手にする。
『ええ。インストールなさってくださって、ありがとうございます』
人間味のある、まるでこの深閑とした夜に似合う―――――――男性の声。
「KIRIの声と違う。新しいOSは男の声なのか?」
涼介は少し意地悪そうに言った。するとLEDランプが薄いブルーの光をゆっくり点滅させた。
『ご希望ならば、女性の声に替えることもできます』
「ふん、じゃあサンプルを」
『はい』
そのやりとりのあと、何人かの女性のサンプルボイスが流れた。そのセリフは、「こんにちは」というような簡単なものだったが、涼介はただ暗闇に目を据わらせる。
数度のサンプルが流れ、涼介は眉間にしわを寄せた。
「もういい。女でなくていい」
最後に流れた声が、涼介の顔に暗い影を落とした。似ていたのだ。
あの、それまで他人に触れられたことのない部分。自身のじくじくと痛みを持った部分。
そこに当然のような顔をして手を突っ込み、微笑みながら傷を抉って。
つまらないと切って捨てた、あの声に。
面倒見のいい姉のようなふりをしながら、たくさんの秘密を後ろ手に悪戯めいた上目遣いの目で笑んでいた。
少し懐に入ってくると「夢とは何」と心を貫き、言い訳しようとする自分の首を「つまらない人生」と掻き切って、その首を勝利したように掲げた声。
耳から脳へ、電話回線を通じて死を吹き込んだあの声に。
『わかりました。では、男性のサンプルボイスを』
「いい」
遮るように涼介はスマートフォンに向かって言い放った。拒絶だ。うっとうしいことへの。
『その声でいい』
「了解しました」
返事をしたスマートフォン。その声に涼介は僅かに目を見開いた。
「誰かに似てる……か?」
低く、優しい低音。まるで落ち着かせてくれているような。聞き覚えのある声は、そんな調子ではなかった。自分を批判、弾劾したような厳しい声。
「……ふ、まさかな」
なのにどこか。優しかったように聞こえたのは、庇われたからか。あのプロが走ったDのバトルで。
「……ところで新しいOSの名前はなんていうんだ? KIRIのようになにかネーミングがあるんだろう?」
ブルーの点滅がスローに揺らめく。LEDの温度を感じさせない冷たい青。なのに
『どのような呼び名をされてもいいですが、私の名前は……』
どこか冷たく感じない、最新の。
『KYOと言います』
人間型OS。
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