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To Mobile [1]

――――――知らなかった。そんな仕事をしていたなんて。だってどう見てもその外見じゃあ、力仕事というかブルーカラーに見えるだろう? まさかそんな知的な職業についてたなんて。しかもあの栃木で―――――

 深夜。目の疲れを感じた涼介は、忙しく動かしていた手を止めた。カチャカチャとキーボードを打つ指は、慣れた調子で軽快にその音を、閑散と静まり返った室内に響かせていた。

「ふう……一息吐くかな」

 独り言。誰もいない部屋。もとい両親、弟の住む大きな邸宅。この界隈では知られた豪邸。高橋クリニック――――――医学、医療の分野を専門として、実業してきた一族の中でも。
 最優秀だと誉れ高い、その外見でも同じく輝かしい高名をいただく高橋涼介が、だ。

「うちはこんなもんだ。まともに家にいない両親、鉄砲玉の弟。がらんとした家の中で俺は家政婦に食事をもらい、一人生きている……なんてな」

 皮肉にその赤みの強い唇を少々歪め、涼介は上半身を背もたれに預けて目を閉じる。群馬大学医学部の学生ではあるが、その中でも異色な存在として、羨望を受け、いろいろと噂話をされることにも慣れた。

「……女泣かせの女殺しとかって、冗談キツイぜ」

 かつて先輩として慕った人の婚約者は、その素性を巧妙に隠して、憧憬に似たものからか、遠巻きに眺められる存在の自分の弱みを突くようにするりと近づいてきた。拒否されるなんて微塵も思わない自信、自負もあったのだろう。一つ上の学年という権利に似た強権をちらつかせるような態度で視線を向けさせ、青く、甘かった自分のどこか甘えた坊ちゃんであるいわゆる世間知らずの部分を、痛烈に批判することで興味を持たせた。

「…………」

―――――――投げ捨てられて散らばる車のプラモデル。慣れないながら一つ一つ丁寧に組み立てたものだ。引き裂かれた車の本はこづかいから買って毎日眺めていたものだった。呆然とし、涙を流すこともできずに”処分”されていくそれらを見つめる幼い自分―――――
 諦めなければならない、自身の将来への希望。それを無理やり諦観した、悲しい気持ちを

――――――人の弱点、弱みをすぐに見抜くタイプの人間。捕食する側の人間。そして、人たる感情を持つ人間の弱み、それを躊躇することもなく、掲げて断罪し、「つまらない人生」と切って捨てる見事さに感心させられた。

「…………」

 そんな残酷な人間がまるで悲劇のヒロインがごとく、いや他人事ではなく自分のことだからか。無力にさめざめと涙を流すギャップに、言いようのない焦燥を覚えた。世間に対してそうふるまいたかった具現の像の変わりように、自身の中にも危機感を感じた。守ると言ったのは、そういう意味だ。自分を守りたいが故で、エゴの塊であったのだ。自分は。

「…………」

 それを思い知らされ、実感するまでに至り、後にあれは恋とか愛というものではなかったのだということに結論づき、爽快な気分さえ感じた。
 そして、ひたすら己のしたいことを路線を変えてすることにした。
 公道の。覇者を。

「……呵責はあるさ。俺はこんななのにな」

 先輩と呼んだ男は哀れ、恋し尽した相手に求められていたのは唯一財力のみだったということさえ知らず、落ちぶれ、やさぐれながらもまだ自身に一顧の情もかけようともしない女を愛し続けていた。

「…………」

 女が死んでもまだ。
 先輩は好きでもない男だと影で言われていたのも知らず、まだ自身と並びたち「選ばれる二つのうちの一つ」と、思いこみ、勝負を挑んできた。

「……よそう。吐きそうになる」

 人間の哀れさに、人の勝手さに。そして傲慢さに、涼介は眉根を寄せた。


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