14'Xmas &ゆるキャラGP [2] | ナノ
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14'Xmas &ゆるキャラGP [2]

 桜の蕾も膨らみ始めた、小春日和が予想されるまだ朝晩は肌寒い日の朝。京一はむっくりと起き上ると着信音が鳴っていた携帯に、眠そうに顔を顰めながら手を伸ばした。
 その着信音はそれだけを特別に設定したもので、恋人である涼介からのメールがきたことを知らせるものである。昨夜も仕事が遅く、おやすみのメールのみであったのを不満にでも思ったのだろうかと、京一は受信フォルダを開ける。そこには、「今日は前に言ったとおり、群馬県庁県民広場だぞ!」と書かれていた。
 「?」なんのことか頭を巡らす。実は最近、忙しそうにしている涼介に自分。密な時間は中々取れなかった。涼介も何やら新しいプロジェクト云々と言っていた。自身も、実社会だが企画に出張にと所用が重なった。しかし、会えないながら、或は会っても短いながらも濃厚な逢瀬、涼介の口から出る話題はなぜかゆるキャラに関するものだった。
「……ああ、そういや」
 あのドイツクリスマスマーケットでのイベントがよほど気に入ったのか、興味深かったのか。少し前にイベントのポスターの写真を添付してきていたなと思い出す。
「あかぎちゃん……だっけか?」
 ゆるキャラグランプリで並み居る競合を退け、今年は群馬県が誇るほっこりキャラ、「あかぎちゃん」が優勝したらしい。それを祝うイベントがあるとかで、ゆるキャラ達が集まるというものがあった。
「……ああ、それが県庁であんのか……」
 ふ〜っと溜息を吐きながら短い金髪を掻き上げる。時計を見ると、イベントが開催される時間にはまだ少し余裕があった。

 ゆったりとシャワーを浴び、遅めの朝食を済ませた京一は手際よく家事雑事を片付ける。そして頃合いになった時間帯、群馬県庁にエボVを走らせた。
 良く晴れた気持ちのいい天気だった。目的地である群馬県庁に近づくと、京一のイメージからはまったく正反対な庶民的で華やかな光景が広がる。「あかぎちゃんおめでとう!」と色とりどりの風船や飾り物で、普段の県庁とは比べ物にならない賑やかさである。
「……まいったな」
 駐車場にエボVを入れようとも、満車である。京一は少し離れた駐車場を目指した。

 きゃあきゃあと騒ぐ家族連れを横目に、県庁に入った京一は大きな音楽とマイクで何かを声高らかに話しているのが聞こえる県民広場へと歩いて向かった。
 家族連れどころか、若者たちやカップルが大勢元気よくイベントを楽しんでいるさまに自身のキャラを思うと浮きまくりなのが、周囲の「あ……っ(目線逸らし)」でわかる。
「……ったく。で、俺の涼介はどこだ?」
 とにかく来いとのことだったので、取りあえずは来てみたが。予想はしていたものの、こんなに混雑するようじゃなあと京一はポケットにある携帯を出そうとする。
「おっと!」
 後ろから腰あたりに衝撃が走り、奇妙な声が聞こえたかと思うと小さな男の子がぶつかったらしく大きな声で泣き出した。
「なんだ? 大丈夫かボウズ?」
 ワ――――――ン! と泣いている男の子は幼稚園児だろうか。転んだせいで膝が砂だらけである。
「ああ、怪我は大丈夫か? 砂だらけじゃねぇか」
 京一はすぐにハンカチを取り出ししゃがみ、怪我をしていないのを確認すると男の子を立たせて膝頭についた砂粒を軽く払った。
「お前、親は? ああ……父ちゃん母ちゃんどうした?」
「えぐ……っえぐっ……ママパパいないの……」
「もしかして迷子か? 父ちゃん母ちゃん捜してたのか?」
「うん……うわああああん!! ママぁあああ!! パパぁああああ!!」
 わんわん泣いている子の前で頭を掻く京一。俺が泣かしたんじゃねぇぞ、むしろ誘拐とか思ってんじゃねぇぞと、周囲で見ないふりして通り過ぎていく人々に言いたい。
「……迷子の案内所とか、救護室とかそういうのは……」
 立ち上がると背の高い京一は、たくさんの人々でごった返す会場を一通り見渡すと「あれか」と呟いた。
「ボウズ、係員がいる所まで連れて行ってやる。だが、お前も父ちゃん母ちゃん捜す努力をしろ」
 そう言って、男の子の両肩を掴むとくるりと後ろに向け、背中から両脇に手を伸ばすとそのまま上へと軽々持ち上げ、肩車をした。
「うわあああ! おじちゃん凄い――――――!!」
 男の子は転んだ痛みも迷子になった心細さも一気に吹き飛んで、笑った。

「こら、暴れるな。ほら、もうすぐ案内所だぞ;」
 京一に肩車された男の子はにこにこ笑っている。京一はバンダナがずれるのを気にしているが、周囲の人々が「強面だけど素敵なお父さんね」という視線に気まずそうだ。
「あ! おじちゃん、あそこにあかぎちゃんがいるよ! いっぱいゆるキャラが見えるよ!!」
 案内所に行こうとしていたところに、一段と人だかりがある中、ゆるキャラ達がうようよいるのを見た。
「凄い凄い! おじちゃん行こうよ〜」
 男の子がわあわあ騒ぐ。京一は仕方ねぇなあと思いながら、自分に肩車されているからよく見えて嬉しいのかと納得した。
「わあ! あかぎちゃん、可愛い!!」
 京一に肩車された男の子が叫ぶ。京一が見ると人々が群がる中、ロープ越しにゆるキャラ達の行進がゆっくりと進んでいる。
「あれがあかぎちゃんか……」
「そうだよ! 今日はね、いろんなゆるキャラがあかぎちゃんのお祝いに来てるんだ!」
 パイン熊に〜おいどんに〜と男の子がメジャーどころのゆるキャラを京一に説明する。
 それは当然知ってるが……と言うまでもなく京一はほう、へえと相槌を打っていた。
「なんか変なの……あのゆるキャラたちはわかんないや」
「……」
 こちらに軽やかに歩いてくるあかぎちゃんの後方、何やら数体のゆるキャラがいる。
「……? 」
 なんだか変なゆるキャラだな……と思っているうちに「ハヤト!!」「ママ!!」という声と、「どなたかわかりませんがありがとうございました!」「ママ!」という声に男の子を肩から下ろし、ぶんぶんと頭を振って礼をする女性にいえいえと言い、礼をしながら連れ立ってゆく親子の「あのおじちゃん凄いんだよ! 〜ってね、おじちゃんバイバーイ!!」という声を聴いた気がする。その声にこちらもハヤトと言ったか男の子に手を振った気もする。
「……」
 少し前に手を振りながら歩くあかぎちゃん、周囲は大騒ぎ。立ちすくむ京一。視線はあかぎちゃんのすぐ後ろである。
「……」
 あかぎちゃんの後ろについて歩く何体かのゆるキャラ達。見たことあるような、いやあんなゆるキャラは初めて見る気がする。とはいっても全然そっち方面は詳しくはないのではあるが。
「は〜い! みなさ〜ん! 今日はゆるキャラグランプリで優勝したあかぎちゃんのお祝いに来てくれてありがとー!」
 お姉さんの甲高い声が県民広場に響く。ちびっこ達も「はーい!」と大声でお返事だ。
「今日は、あかぎちゃんのお祝いにたくさんのゆるキャラちゃん達が来てくれました〜!」
「パイン熊ー!」「フナバッシー!!」
 たくさんの嬌声が飛び交う中、
「あれなんのゆるキャラだろう?」
「なんだろう?」
と、いう声もちらほら聞こえる。
「それと、本日は突然、急きょ飛び入りということであかぎちゃんのお祝いに、えっと」
 お姉さんはどこかやりにくそうに、している。
「ゆるD? さんでよかったかな?」
 冷や汗をかいているお姉さんはあかぎちゃんの背後にいるゆるキャラに声を掛けた。すると、マイクを握って前ににじり寄った白いゆるキャラ? が低い声で話した。
「ゆるD……それはプロジェクトDのもう一つの姿だ。赤城と言えばレッドサンズだからな」
「え? ぷろじぇ? レッドさん? ですか?」
「アニキー、俺こんなの嫌だってばよー!」
「リョウースケさん、俺立ってるだけでいいんでしょ」
「馬鹿者! ゆるDとはプロジェクトDのもう一つの姿だと言ったろう! ちなみに俺は……」
 わいわいがやがやと何やら場が「? ? ? ?」となっている。もちろん京一は立ちすくみ、
「……まさか」
「エフッシーだ、ドゥルン」
と、話すゆるキャラに顔色を失っていた。



 「エ、エフッシーさん? (フナバッシーのパクリじゃねぇかこのゆるキャラ;と心の声が(; ・`д・´)にありあり)あかぎちゃんとはどのような繋がりで……」
 お姉さんは泰然自若然とした、いやそれよりもどこか偉そうにふんぞり返るようにも見える、もとい一見すれば白いカエルのようなゆるキャラに言う。
「繋がりだと……? 君は赤城のことは知らないのか?」
 白いカエルに見えるゆるキャラは憤然と言う。
「は? 赤城……あかぎちゃんですよね?」
「全く……あかぎちゃんが赤城山のゆるキャラであることくらい知っているだろう?」
 お姉さんは「こいつ何? 」な心情を引き攣った笑顔で隠す。
「はあ……ああ、群馬県の赤城山でしたっけ〜?」
 お姉さんの知識に白いカエルっぽいゆるキャラは手をヤレヤレと言った風に挙げた。
「そうドゥルン……古来から赤城山は現群馬県、昔でいうところの上野国という……」
 滔々と、流れるように赤城に関する歴史を語りだした後ろで、何やら不機嫌そうに体を揺らすがらの悪い黄色いカエルのような、白いカエルよりももっと潰れたような流線型と、白黒ハーフのパンダかペンギンに見える一見可愛くもあるがまるでリアクションをしない棒立ちのゆるキャラが見える。
「アニキー、もう暑いよ〜。これ脱いじゃいけねぇ?」
「立ってるだけでもけっこう暑いですね……」
「そうそう、紹介を忘れていた。彼らは赤城レッドサンズから派生したプロジェクトDのメンバーで、ダブルエースとなる」
「は? レッドさんからプロジェクトのDメンバーのダブルスさん?」
「……いいかいドゥルン? 悪いことは言わない。耳は綺麗に掃除しておくものだ、お嬢さん」
 涼介が突っ込みに回るという珍しい展開だ。
「いいかい? 紹介しよう。彼らはFD3Sがモデルのエフディえもん、AE86がモデルの白黒は……ハチクローくん(ちょっと捻りが弱いと感じで少し恥ずかしそうに紹介する涼介)」
「ああ! エフディえもんさんはゆるキャラって言うよりあの国民的世界的人気の青いロボット猫の〜」
「ああ? 俺をあんなネズミごときでイカレちまって地球破壊ミサイル出すようなビビリと一緒にするんじゃねーよ! (実はよく知ってる啓タン)」
 中指を立てていきがる黄色い潰れたカエル用ゆるキャラである。
「あっ! じゃあこちらはまさか野球チームのスズメ―ズのマスコットキャラのスズクローくんを……」
「ああ、なんかパクッてるとか、俺そーいうのわかんねーすから……別に鳥じゃねーし……白黒だからってペンギンでもねーから」
「あ……そう……」
 なんだか非常にやりづらい、とてもやりづらい。
「あっ、でも今日はあかぎちゃんのお祝いに来てくれたんですよね〜。えっと、ゆるDのエフッシーさんとエフディえもんと、……ハチクローくん? は?」
 やっと本題に立ち返り、涼介、もとい白いカエルは意気揚々と言った。
「ああ、そうだドゥルン。あかぎちゃんがグランプリ優勝とはとても目出度い。プロジェクトDもお縄になることもなく、北関東制覇という偉業成し遂げた。しかしプロジェクトDは実情表だっての活動はできないからな。今度はこうやって日の目に当たることができうる、それが第二段階のゆるDというわけだ」
「はあ……」
 このよくしゃべる白いカエルは何を言ってるのだろうとお姉さんは思う。
「デザインは工学、力学に詳しい人間(史浩、ケンタ)を厳選、依頼した。作製はもちろんプロに任せた。(松本、眼鏡)」
「そうですか、一見するとカエルのような……」
「失敬な! 君はどこをどう見ればそんな」
 お姉さんは焦って話しを進める。
「このお目目なんか、可愛いカエルさんかな〜って」
「……君はおつむが弱いようだが、いいところに気がつくなドゥルン。これはリトラクタブライト言って……」
 そういうと白と黄のカエルとパンダカラーの目、らしきものがパカパカと開いたり閉じたりした。
「スゴ―――――――イ!!」
「可愛いいい!!」
 開いたり閉じたり、ついでにピカピカと光るものだからお姉さん他、飽きはじめていたお客さんもざわめき立った。
 「これは凄いですねえ! 今までこんな仕掛けのゆるキャラっていませんでしたよ〜!」
 最近では話すのはおろか棒で伸びたり縮んだりするゆるキャラまでいるらしい。
「そうだろう。このリトラクタブライトは今では貴重で公道では使用できないのではあるが、我々の誇りでもあるんだ」
「可愛い〜!! カエルさ〜ん」
「ペンギンちゃ〜〜ん!!」
と、言われても涼介はご満悦だ。
「凄いですねえ! みなさ〜ん! ゆるDさんに拍手を〜!!」
「ありがとう! ゆるDでも制覇を目指します!!」
 やっと大円団にまとまりそうな流れである。しかし、そこへ。
「フナバッシーだって凄いバッシー!! 行くぞ! パイン熊――――!!」
 今までどこか気に食わない、だけどあかぎちゃんのお祝いだからと空気を読んでいたフナバッシーが飛び出した。
「な! 新たな挑戦か! 行くぞ! エフディえもん! ええっと、ハチクローくん!」
 そういうと凄まじい勢いで走り出したフナバッシーとパイン熊、何やらつられて走り出したゆるキャラ達がどどどど―――――ッ! と集まった人々の前に向かって走り出す。
「待って! アニキ――――!! わああああああ―――――!!」
「りょーすけさん、これ走りづらいッてええええ!!」
「待つバッシー!!」
「ふん! カス揃いめ!! 赤城の白い彗星は伊達じゃないぞ!!」
 ずどどどどと砂塵を巻き上げて走る先頭は、ゆるキャラと言ってもスレンダーで体にフィットした素材をボディに、カエル様の頭を被った涼介が先陣を切る。手は綺麗にぴしっと揃えられ、力学的にも見事に風を切っている。優雅とも思えるほどだ。続いてゆるキャラであっても運動神経は半端ではないフナバッシーが奇声を上げながら追いかけ、転がり、転ぶゆるキャラ達の中で啓介の黄色いカエルはパイン熊に襲い掛かられかじられ、あまりの走りづらさに飽きた拓海は既にゆるやかな歩みで鼻くそをほじる。
 とことこと白黒のハチクローくんが歩いて来たので群集はあっけにとられていたのが我に返った。
「ハチクローく〜ん!」「かわいい〜」
 媚びる態度など全くしない自然体のゆるキャラに人々も遠慮がちな声掛けである。彼方ではフナバッシーの奇声と走る轟音と砂煙がトラックを一周してこちらに近づきつつあった。
「あれ? 須藤さんじゃないすか」
 まるでターミネーター2のリキッドメタルの走りのような白いカエルが猛スピードで近づいてきた。その先、砂塵収まる景色の向こう拓海の目の前で顔色無くしたまま立ちすくむ背の高い男が。
「……お前ら……一体何やってんだ……?」
と、小声で呟いた。

 はっきり言えば視界が悪い。身体は案外動きやすい素材を使った。言えばFCのボディのようにスリムな流れるようなラインを目指したわけだ。決して白いもじもじ君ではない。
 股間だって慎ましく鎮座する高橋涼介の形がわからないように羽生結弦くんばりに抑え気味の下着にした。完璧を目指そうと慎ましい高橋涼介を股間に挟みこもうとまでしたが、試してみたところデリケートな場所ゆえ少し痛かったのだ。
 尻のラインは仕方がない。京一には悪いが絶品だと褒めてくれる尻の形を余すところなく衆目に晒してしまうが。しかしこのフナバッシーとかいう人気ゆるキャラはしぶとい。走りにも気合さえ感じる。流石、ゆるキャラ一代で何億も稼ぐはずだ。この奇声もスキール音のようだ、おっと。あんなところで藤原は何をしているんだ? まさかエンジンブローか。仕方ないな、レース用エンジンをデチュ……え、あ、凄く好みの男がいる……なんて背が高くて強面で、革ブルゾンの上からでもわかる胸板の厚さと逞しさ、そのいかにもセックスが強そうな腰つき、たたずまいはまるで……京一。?! !? 京一!?
 プシャアアアアーーーとウエストゲートの音をさせながら、白いカエルもとい涼介は疾走していたスピードを緩めた。するとフナバッシー含め次々にゆるキャラに抜かされて行く。
「……タイヤが熱だれた……」
 一言ぼそりと呟くと、ロープ越しの口を開けたままの京一と、ぼんやり立ったままのハチクローもとい拓海をスルーして、そのままどこかへと消えた。
「……涼介さん、どうしたのかな?」
「……つか、お前ら何やって……」
「って、須藤さんは何やってんですか? これ見に来たってことっすか?」
「……見にって……」
「俺は涼介さんに新しいプロジェクト始まるからこれ着ろ、ここに来いって……」
「……」
 新しいプロジェクト……それはドイツクリスマスマーケットでの濃密な夜を過ごした時に言っていたような気がする。涼介があまりに猥褻な己の愛撫と挿入によって散々熟れて濡れそぼったアレを知らずに見せつけるという姿を見せたので、話している内容などほとんど頭に入らずにそのままエロおっさん須藤にクラスチェンジ、それはそれはねちっこくたっぷりといやらしく襲い掛かったという。
「ハチクローくーん!」
「かわいいいい!!」
 全くゆるキャラらしい振る舞いをせずとも、その外見できゃあきゃあ言われる拓海=ゆるキャラに京一ははっと顔を向ける。
「……そうか。そうだな……」
 公然と、このような日の当たるところでの称賛。それはプロジェクトDにはなかったことだろう。それはいつも、人々の目を避けた深夜の山奥―――――峠であったものだった。
 ドイツクリスマスマーケットの夜、エロっぽい姿を晒しながらも、嬉しそうに話していた涼介を思い出す。

「よお、京一」
 聞き慣れた声がしたかと思うと、
「須藤さん」
また聞き慣れた声がした。
「あ、東堂塾の……」
 拓海=ハチクローが指差す先、京一の背後に見慣れた智幸と大輝が立っていた。
「話はなんとなく聞いたが、京一よ」
「っすよね、そんなことだろうとトモさんと俺で、涼介さんを確保しておきましたよ」
「……」
 ちゃりっと車のキーを渡される。
「とりあえず、ハイマーに閉じ込めたから後は任せるぜ」
「涼介さん、しょんぼりしてましたよ」
「……涼介……」
 京一はキーを受け取ると、ハイマーが停めてある駐車場へと走り出した。

「涼介!!」
 一際大きなキャンピングカー・ハイマー。そこへ到着した京一はキーを開けて中へと走りこんだ。すると三角座りして項垂れている白いカエル=涼介の姿があった。
「涼……」
 しかしなんと声を掛けていいやら。しかし、京一は一呼吸置くと涼介へと近づいた。
「涼介、その……とても驚いたが……悪くねぇ」
「……」
「なんつうか……そのボディラインはけしからんが」
「……」
「……そういうのもいいな」
「……」
「可愛い……と思うぞ」
「……」
 涼介の肩がぴくと動いたが、まだ項垂れたままだった。
「……涼介?」
 そっと背後から両肩を包む。涼介は少し安心したようだったが、まだ俯いたままだ。
「……どうした?」
「……俺……だ」
「ん?」
 涼介はぽつりと呟いた。京一はその小さな声を聞き取ろうと顔を近づける。
「俺は……ここでも一人だ……」
「……」
 真意が測りかねた。京一は次の言葉を待つ。
「……啓介には藤原……だが俺には……エフッシーには……」
「涼介」
 京一は瞬時にすべてを理解した。そして力強くその肩を抱いた。
「一人なんかじゃねぇ、わかったな涼介」
「……」
 まだ項垂れている涼介のカエル頭に唇を寄せる。
「待ってろ」
 そう言って、キスをひとつ残して京一はハイマーを去った。

「あれはどこだ?」
 京一は走りながらきょろきょろと回りを見渡した。今日は来てるはずだ。始めの頃に見た気がする。しかし、さっきはいなかった。そう頭で言いながら京一はゆるキャラ達が転がり、走り回り、叫び、踊るカオスになっている会場へ乱入した。
「バッシ汁どっ……!」
 きゃあきゃあ言って逃げ回ったり、ゆるキャラを追ったりする群衆にフナバッシーが攻撃をしかけようとしていたその時、一人の軍人のような男が突如現れたかと思うと、フナバッシーの首根っこを掴んでなぎ倒した。
「ふぎゃああああああ―――――!!」
「きゃあ、フナバッシー!」
 悲鳴を上げて手足をばたつかせているフナバッシーにニーブラ! を決めながら何やら問い詰めている。
「知らないバッシよ! 来てたけど、なんか調子わるいとかで!」
「どこだ!」
「控え室バッシよ! 県庁の〜部屋バッシよ〜!!」
「わかった」
 男は気絶したフナバッシーを放るとすぐさま県庁へと駈け出した。

「どこだ!」
 県庁ではまた一つ違った意味での「きゃあああああ」が巻き起こる。軍人のような男が血相変えて雪崩れ込んできたのだから仕方がない。警備員が止めようとしても指先もかからない。その逞しい上背、強面で受付嬢に場所を聞く。
「一階の奥の会議室です」
 受付嬢はこわごわながらもどこか赤面しながら答えた。どうやら京一の低い声が腰にキタらしい。流石は皇帝だ。一声で女性の股間を湿らせてしまう。
「わかった。礼を言う」
 手を挙げて去る背中を受付嬢は内股になりながら見送っていた。

 ばん! 大きな音を立てて京一は会議室へと入った。そこにはゆるキャラ達の着替えやスタッフ、食事や休憩用品などが置かれている、いちおう簡易な控室となっている。
「なんだ? 君わあ!!」
 京一に弾き飛ばされたスタッフは部屋を転がった。そして奥にいる黒い物体に京一は声を掛ける。
「ゆるキャラのおいどんだな! 話がある!」
「……? ? ? ?」
 話せない国民的大人気九州のゆるキャラ「おいどん」は、その両の手を口に持って行った。
 
 こんこん。ハイマーのドアがノックされる。
 あの時、愛する京一を発見するも着ぐるみを着ていないのを見て、急に寂しくなった涼介が逃げるように走っている最中、京一のような大きくて逞しい身体に急に抱き留められ、少しとろんとしていると聞き慣れた声に耳慣れた声、香しいセクシャルなフェラーリのコロンとわんこの臭いがした。そして「よしよし」と言われ、「すねちゃったんすよね。可哀想に」という優しい声が頭や背を撫でてくれた。視界が悪いのも手伝ってか、涼介は目を閉じたまま、二人に抱えられて大きな車に連れられた。乗った車は何度も乗車したことのあるあのキャンピングカーのハイマーらしかった。ぼうっとしていると背後で声がした。「ちょっとそこでじっとしてな? いつかのように逃げるんじゃねぇぞ?」と、命令調ながらも優しいゆえに安心を与えるような声がして、そっとドアを閉めたのだった。
 京一が「待ってろ」と言ってから小一時間ほど経ったろうか。啓介に藤原はどうしたろう……まあ、アイツらは人気者だし仲がいいし、放っておいても別に大丈夫だろう……。そう思い出し、呟いていた頃に聞こえたノック。
 そう言えばさっきからハイマーの周りが賑やかになってきたのはなんだろう?
 涼介はまんじりともしない顔で立ち上がり、ハイマーのドアを開けた。
「ごほん……待たせたな涼介……エフッシー」
「……」
 黒い大きな物体、いや、一体のゆるキャラがハイマーのドアの前に立っていた。逆光であるからはっきりとはわかりにくいが、黒い、大きなこれはあの……。
「おいど〜ん」
「おいどんじゃないの〜?」
「変なのつけてる〜」
 周りにいるちびっこや家族連れが口々に何か言っている。
「……お前は……まさか」
「……ああ。ご覧のとおり、エボもんだ……パァン」
「……!」
 白いカエルもといエフッシーもとい涼介は、「おいどん」を改造して「エボもん」となった京一の首にしがみついた。

 咲き掛けの桜がそこかしこに見える群馬県庁。
 肩を寄せ、夕暮れ近づく公園の隅のベンチで寄り添うゆるキャラ二体に人々が「? ? ? ?」と驚愕と疑問と恐れを持って遠巻きに見つめ、他の人々はまだグダグダとやっているゆるキャラ達に夢中である。
「俺の真意を理解してくれてたんだな……」
「……まあ……な」
 本当はさっぱり理解していなかった京一が鼻の頭を掻く。もちろん、エボもんの着ぐるみ越しだ。
「ゆるキャラであっても、俺を一人にはしないお前の愛が嬉しい」
「…………まあ……な」
 心でごめんと思う京一ではある。
「ところで最初は着替えてなかったようだが……」
 涼介の質問にエボもんは内心慌てたが着ぐるみのせいでその表情はわからなかった。
「ああ、ちょっと不手際があってな。遅れてスマン」
 不手際どころか半分以上恫喝の勢いで中の人を無理やり出し、恐喝紛いで改造(ダンボールを切って黒く塗り、ウィングのように肩につけ、丸い目の上にダンボール紙を菱形を長くしたオレンジの形にして貼りつけたのだ。もちろん、鋭い声でビビるスタッフや中の人にも手伝わせたのは言うまでもない。
「そうだったのか……こちらもけっこうバタバタしていたからな」
 ほっとする京一エボもんである。
「だけど京一……エボもん……」
「ん? どうした? 涼介……その……エフッシー」
 照れる京一である。
「好き……」
 こちらに向けられた白いカエル様の顔が、リトラクタブの目を閉じじっと待っている。
「……チュ」
 その唇らしき場所に、京一は優しいキスをした。



ゆるD
エボモンとエフッシー


終わり
 

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