DEGIDOG HEADLOCK 2 | ナノ
[Menu]

DEGIDOG HEADLOCK 2

 暗くなった山々に雷のような音が響き渡る。

 山鳴りに近い低い低音―――――埼玉県土坂峠

 後部ウィングを取り去った、白のエボYが稲妻のように峠を駆け抜ける。

 電子パネルの灯りに、その白く細い顔を照らされて。和巳は自身の愛車が繰り出すパワーを体に感じ、喜びを得ていた。

「……奥が深いって、ランエボは……」

 ニヤリとしながら、金髪が揺れる。
 そして、鮮やかにコーナーを回り、駆け下りていく。

 その姿を闇に隠れていた一台のランエボが捉えた。



「ん? なんだあれ?」

 繁は自身のエボXを運転し土坂峠入り口に来た。そこに位置する、走り屋達の一種の溜まり場となっているスペースに、知り合いの走り屋仲間達がいつに無く溜まり、走ってきた繁に向かって手を大きく振っているのに気がついた。

「なんかあったのか?」

 繁が車を停めて、ウィンドウをスルスルと開けて手を振っていた一人が頭を掻きながら、繁に話掛けた。

「いや、こっちが聞きたいんだけど……」

「はあ?」

 複雑な顔をした男が言いにくそうに語る。

「今日さあ、なんかあんの? 取材とか?」

「はあ? 意味わからないよ、なんなんだよ?」

 繁にはさっぱりわからない。当然である。

「峠にさ、さっきランエボばっかり、えらい数が登っていったんだよ、エボしかなかったから、なんかあるのかなーって」

 繁の眉が怪訝に顰められた。

「ランエボばっかりえらい数?」

「うん、20台くらいだけど……そういや、ステッカー貼ってたからチームみたいだったな」

「チーム? なんてチームだ?」

 男は言いにくそうに言った。

「えと、この辺じゃ見ないなあ。確か、エムペロとか書いてたような……」

「エムペロ? なんだそりゃ??」

 繁もぽか〜んと口を開けて呆然としていると、話していた男の後ろから声がした。

「エンペラーだってばよ! エンペラー! あれだよ、栃木のランエボばっかりの!」

 そこまで聞いて、繁の脳裏に昔聞いたことがある噂が甦った。

 栃木のランエボばかりの凶悪走り屋集団、エンペラー。
 関わると女は連れ去られ骨抜きにされ、男でも容赦はせずに骨抜きにされる。

 暴力と金、そして凄まじい手管による乱行は。
 栃木は、厳つい最強のさぶ系揃いだと、あの東堂塾と並んで怖れられている逸話のチーム。

「え……和巳が峠登ってんだけど!」

 繁の背に冷たいものが走る。

「和巳? 見てねぇよなあ?」

 のんきに話をする連中を前に携帯を取り出して、繁は和巳を呼び出そうとした。




「なんなんだ? ありゃ??」

 峠を走る和巳の後ろから、一台のライトが近付いてきた。
 ちらりとみる限り、どうも走り屋臭いどころか。
 凄まじい気迫で迫るライトに、その車の持ち主が尋常でない腕を持つドライバーであることが瞬時にわかる。

「――――――エボVか!!……」

 和巳とて、土坂最速を誇るランエボ使いである。
 久しぶりの凄腕との対決に、血が騒ぐ。しかし

「は? エボVの後に? エボが……一体何台いるんだよ!!」

追いすがる20台近くのランエボ達が、ライトを連ねて走ってくるのが見えた。

 和巳の白のエボYを先頭に、気迫漂う黒のエボV、そして決死で後に続くエボ軍団。
 土坂の峠は、これぞ本当の「ランエボの叩き売り」状態となった。



「和巳、出ろよ!! ちくしょ!!」

 携帯をしまうと、繁は顔色を変えてエボXを発進させた。
 いくら呼び出しても、和巳が出ない。走っているのか、何かあったのかと気が焦る。

 あの白くて細い和巳が苦悶に顔を歪め、金髪を散らして。
 栃木の悪辣マッチョなさぶ野郎達に、これでもかと好き放題にされているのではないかという、最悪の心配がありありと脳裏をよぎる。

「いやだ!! 駄目だ、和巳!!」

 繁の絶叫は、エボXのマフラー音と重なり、闇に響き渡った。



「なんだ? あの黒エボは!!」
 
 睨みつけるように和巳のエボYに迫る、漆黒の戦闘機。
ミスファイアリングシステムからなる、弾けるバックファイアも獣の咆哮。

 剛を車にしたらまさにという風貌は、ランエボでありながらどこかスタイリッシュなイメージの和巳とはまるで違う。

 それは走りでさえも同じで黒のエボVは他のランエボと格が違い、殴り倒すようにコースをクリアしていく。

「冗談じゃ――――――うわッ……??」

 パッシングを浴びせかけられ、ふとライトの点滅が目を幻惑して。
 意識が逸れた瞬間。
 黒のエボVはフェイントモーションから鮮やかにドリフトをあて、コーナー出口にさしかろうとしていた和巳を抑え込み、大外から被せて進路を塞いだ。

「――――――あぶねえッ!!」

 和巳の叫びが車内に響き、二台は内角にハーフスピン状態となって、停止した。




「どこだ? 和巳イイ――――――!!」

 繁の心配は最高潮に達していた。嫌でも浮かぶ、凄惨な光景。

―――――……中々の美人じゃねぇか……中身はどうかな? ……(イメージボイス:舘智幸)

 ん……あ……やめ……ろ……あ……ゥ

――――――……綺麗な肌だぜ……ああ、下も綺麗なんだろうな……(あくまでイメージです:舘智幸)

 は……そんな……とこ……さわんな……あッ……やめ……ああ……

――――――……いいぜ……お嬢ちゃん……きっちり可愛がってやるよ……(本当にイメージだけです:舘智幸)

 んああ……ッ……そんな……可愛がり方……いやらしすぎる……ッ


 頭をぶんぶんと振る、そのたびにエボXの挙動が乱れる。
 あの繁にとっては誰よりも、何よりも。

 ひっそりと人目につかずに。
 土坂峠の森深く、美しく咲く可憐な一輪の白い薔薇。
 触れる事は己だけが許された(実は半分? 無理やりではあったが)、禁断の白い薔薇。

 最近も、暴走族連中から己が盾となって、命を懸けて守った白い薔薇。

 散らさぬように、己が守る土坂の庭園の中で、いつまでも咲き誇って欲しい孤高の気高き白い薔薇。

「待ってろ――――――! 和巳イイイイ――――――!!」

 繁の魂からの叫びが土坂に木霊した。



「なん……なんだよ? 一体……」

 黒づくめの背の高い、特殊部隊の軍人のような男は。
 車から放心している和巳を引き摺り下ろし、すぐ側のスペースに有無を言わせない力で連れ込んだ。

 その凄まじい腕力と、男の持つ凶悪な空気に本能で和巳のレッドシグナルが鳴る。

 男のエボVと、和巳のエボYを後続のランエボに乗っていた者達が隠しているのを。
 どこかぼんやりと見つめていた、和巳の腕が力強く引っ張られ。

――――――俺……どうなんの?

 そんな不似合いな台詞が唇から漏れ出て。
 頭上でギラリと灰褐色の双眸を光らせた、頭にバンダナを巻いた男が口を歪めた。

「ツケは払ってもらう――――――それなりにな……」

 低く、深い低音が底冷えをするように響いて。

 マジかよ……――――――そう一言、口の中で呟いて、和巳の体は木に押し付けられた



 バンッ! と耳のすぐ側で音がした。

 和巳を逃がさぬように、男の太い腕が木に押し付けられている。
 衝撃に目を開けて見れば、見下ろす男の無表情ながら厳しい顔と。

 広い肩の向こう、数十人の逞しい男達が目を光らせて見つめている。
 一人の髪をくくった、これまたガタイのいい男が声をかけた。

「京一ィ、こいつどうするよ?」

 声かけられた目の前の男は、ぎらりと舐めるように和巳を見た。
 そして、耳元に響く獰猛で低い声。

「――――――俺の好きにさせてもらう……俺の獲物だ……」

 和巳の脳裏にまさか、いや、なんか、あれか。
 おれ、マジでなんかアレされる? いや、繁じゃあるまいし、だけど、この雰囲気ってば。

 混乱しつつも、例え単なる暴力沙汰であっても。

 眼前に佇む男の体から立ち上る、強力な雄のオーラと。匂い立つ、筋モノくさいこのムードは。

 どっちにしろ、半端じゃすまねーなと。
 和巳は、一人の名を胸に呟き、覚悟を決めた。




「ああ啓介、今晩は帰らないから」

 携帯電話を片手に、群馬医大の駐車場で白のFC3Sに乗って、エンジンをかけたまま。
 高橋涼介は嬉しそうに頬を赤らめていた。

「あ〜〜〜〜、大学に泊まんの?」

 啓介の抜けたような返事に、涼介は妖しく微笑んだ。

「いや……大学じゃない……ふふ……」

 啓介にはピンときた。

 何故なら、兄涼介は。
 ある事柄に関連する話になると、乙女化する上に、無条件に鼻息が荒くなるからだ。
 今も、携帯電話から「ブフォ〜」と音がなっている。もっとも、啓介の兄思いの気持ちから、

「アニキ、須藤のことになると鼻息荒いよ」とは

―――――乙女化した兄には言えない




「ふん―――――……もっと……ちゃんと口を開け……」

「う……あ……」

「ほら……話しを詳しく聞かせろ……」

 和巳の細い顎を節くれた長い指が掴む。
 揺れる金髪の間から、普段は強気な切れ長の茶色の瞳は潤んで見え、上気した目元が苦しげに歪められるが。
 その男の指は強い力ながらも、痛みは感じない。
 どこか妙に優しい扱いが。

――――――やっぱ、おれヤラれるかも……

という混乱極めた、確信に満ちた。




「――――――で、族を呼んだわけか……」

 京一の低い声を至近に聞きながら、和巳は首を振ろうとした。
が、抑え付けられて体が捻れているから、うまく振る事はできずにいた。

「俺はな……族が反吐が出るほど嫌いなんだ……」

 低く、唸るような声が和巳の耳に忍び込む。
 ゾクリ……と。
 その危険な響きを腰から這い上がるように感じさせる声音に。
 本能的に反らした頭が木の幹の曲線に当たり、京一の眼前に、細い顎と白い耳、サラリと流れた金髪としなやかなラインを描く、首筋が露になった。

「はッ――――――ちがッ……はあ……」

 不自然な体勢から、洩れ出る苦しげな喘ぎ。

「何が違う……? 言ってみろ……」

 京一の双眸が細められて。更に低い声が耳元に寄せられた。

「言い訳はしねえ……よ……後輩がアイツらを呼んだのに、結局乗っちまったんだからな……」

 和巳の観念したような台詞は、京一の表情に怪訝を浮かべさせた。

「……聞いた話じゃ返り討ちに遭ったそうだが?」

 グイッと和巳の両足の間に、カーゴパンツを履いた片足が割り込まれ、筋肉質な太腿が、華奢な和巳の体を僅かに持ち上げた。

「くッ……そうだ……俺は無傷だが、相方がヤラレちまった……」

 京一の厳しい視線が疑問に細められて苦痛に歪む、和巳を見つめる。

「―――――……俺を庇ったんだよ! あの馬鹿が……一人で盾に……」

 混乱した和巳は吐き捨てるように、声を上げた。
 納得もあまりいっていないような京一が、和巳の顎をさらに引き上げた。

「あ――――――く……」

「……苦しいか……?」

「ん……う……」

 頷こうにも上手く首が動かない。目を伏せたまま緩く頷くと金髪がサラサラと揺れた。

 最初に見た、中々強気な走りをするエボYの男は。
 今、京一の腕の中で触れなば落ちんという風情で喘いでいる。

 その光景と、たおやかさに。
 
 京一の―――――――口端がニヤリと上がり、なお一層深い声で和巳に囁いた

「……わかった、まあいい……アレに手を出そうとしたからには……覚悟してもらおう……」

 和巳の理解は、この男はあのプロジェクトDの件で自分にヤキを入れようとしているのかと。
 しかし、油を撒いた事より何より、自身が嫌悪する族を呼んだ事が最も気に食わないらしいという事。
「アレに手を出す」の「アレ」が誰かを指し、「手を出す」の意味が何やら、ちょっと深いような事。

「くそ―――――好きにしろよ……ッ!」

 絞り出した声に京一の目が光り、木に押し付けた和巳の頭を己の肩に引き寄せ、その左腕を優しく掴んで後ろ手にして。
唇を噛んだ和巳の耳に密やかに囁く。

「――――――いい覚悟だ……唇は噛むな……」と。

 同時に京一の体が木ごと和巳を抱くように動いて、ミシ……と肩が鳴った。



 遠くで声が聞こえた気がした。
 繁の胸に張り裂けんばかりの焦燥が浮かぶ。

 こんなに真剣に走ったのは、プロジェクトDとのバトルを入れても、初めてであろうかというくらいである。

「あれは――――――?」

 ライトに浮き上がった、コーナーでの異様なブラックマーク。
 二台が事故ったような、しかも、タイヤやパッドが焼けた匂いがまだ新しい。

 手前で、いきなりエンジンを切って、そっと木陰にエボXを停めて、降りて様子を伺う。
 注意深く、周囲を見回すと数十台のランエボがちょっと開けたスペースに集まり、その中に繁は見た。

 天から舞い降りるときに、忘れてきたように。
 その美しい羽根をもぎ取られた天使。

 白のウィング無しのエボYは。間違いなく、和巳のものだった。



「京一よう、なんか来たぜ、エボXの奴みたいだ」

 腕を捻ろうとした京一の耳に、見張り役から連絡を受けた清次が囁いた。
 頷き、清次に合図した京一の目が、その話を聞いた和巳の苦悶に満ちた顔色を見つめている。

「――――――仲間だな……」

 その言葉に、和巳の体が渾身の力で反応した。

「知らねえ! ―――――くそおッ!! 俺をヤレばいいだろう!!」

 その絶叫は遠くから叫びながら駆けつける、繁に届いた。

「和巳いいい――――――ッ!!」

 そして繁の眼前に現れた光景は。

 たくさんの厳つい男達が群れなして見つめる中、一本の木に、そのしなやかな肢体を押し付けられて。





 逞しい男の腕の中で、苦しげに体は捩れ、背が高く、肩が広い男の背中で和巳の表情は隠れて見えはしないが。
 動きを抑え込む、男のがっしりした片脚は、和巳の両足の間を割り。
 藻掻く和巳の細い右腕は、男の背から空へ突き出されて、いびつに揺れる。

「止めろ――――――!!」

 目の前で辱められている(と勘違いしている)、繁の両目から涙が溢れた。





 狂ったように走ってくるのを、清次他エンペラーメンバー達がすみやかに取り押さえようとして取り囲まれた繁に向かって和巳が叫んだ。

「来るな―――――ッ! この馬鹿ヤロ―――――ッ!」

「和巳ッ!? 今助けるからねッ!」

 もがく和巳を、物騒に眉間に皺を寄せた京一の力強い腕と大きな体が抑える。動く事は叶わず、和巳は力の限り叫んだ。

「この馬鹿!! 短小ッ! 包茎ッ!! 早漏の下手くそ野郎――――――ッ!」
(注:繁の名誉を重んじれば、それは事実ではなく、あくまで語呂の良い罵倒だと思ってくださいm(__)m)

 その罵倒の中の単語の数々は、一つでも心当たりのあるエンペラーメンバー達の心をグッサリと突き刺し、戦意喪失となった中、罵倒に一切該当しないチームリーダーいろはの皇帝須藤京一だけが「ふん」と鼻白んだ。

 当の繁は和巳の言葉にバッサリと袈裟懸けに斬られたろうが、いざ手合わせした時の和巳の本当の姿を知っている――――――いや、信じている故に。
 吹き荒れる男達の慟哭の中、果敢にも立ちはだかっている。

「――――――……うるせぇ口だな……」

 京一の口端しを歪めた表情が獰猛さを増す。
 ゾクリと背筋に冷たいものが走り、肩に更に力が込められ、和巳は呻いた。

「俺の花に触るな―――――ッ!!」

 その言葉に。振り返った京一が見たのは。
 暗闇の中、傷ついた男心のエンペラー精鋭達を相手に、泣き叫びながらファイトをする一人の男。

 そして痛みに息を切らした和巳が呟いた言葉に。

「繁……また……馬鹿やろ……俺なんかを……」

 京一の眉が顰められ、狂気の沙汰で暴れる男を凝視して、いきなりチームメンバー達を一喝した。
 そして、虚を衝かれた連中の中で清次だけが一人叫んだ。

「ちょ、お前、あん時の!! ――――――魚屋?!」

「え? あ、この間婆ちゃん助けてくれた人じゃん、なんで?」

「―――――ッ…………マジか……」

 京一の低い声がして、繁の目が京一に向いた。
更に驚いた顔で

「さっきの!! スズキのお客さん!?」

と叫んだ。

「なん……わけわかんねぇ……」

 そして和巳の体が崩れるよう落ちて、反射的に京一の腕がしっかりと支えた。



「Dのバトル相手が……あの魚屋だったとは……」

 京一の腕から、ぐったりとした和巳を受け取り和巳を掻き抱き、繁は号泣している。
 清次はハラハラと心配げに二人を見て。

「ごめんよ、俺がもっと早く来ていれば、ごめんよ和巳〜〜」

 何度もその頬に触れ、顔を寄せる繁を前に、京一は驚きを隠せずに立ち尽くしている。

「痛かったろ? 辛かったろ? こんな……」

 驚いているのは京一もだが、清次他男心がまだジクジクと痛むエンペラーメンバーもどうしていいかわからない。

「和巳は……俺しか知らないんだ……なのに……こんな……」

「アホか――――――繁……お前勘違いすんな……」

 低く、掠れる声を出して、繁の腕の中で和巳が目を開けた。

「和巳!! 大丈夫か!! 和……」

 抱え込んで号泣するさまは激しさを増した。

「俺は、なんもされちゃいねえよ、マジやられるかと思ったけどな……」

 それは心外だと眉を顰めた京一が、その言葉を聞いて重々しく口を開いた。

「……腕を折るくらいは本気で思ってたんだがな……あまりに痛々しいから、肩を外そうとしたら……」

「肩? 大丈夫か? 和巳!!」

 繁の声が裏返り、土坂の峠に響く。

「るせえよ……大丈夫だ……外れちゃいねえ……」

「そっか……和巳があんまり綺麗だから、躊躇したんだね」

 瞳をキラキラさせて、和巳を見つめる繁の言葉に。
 京一他、和巳でさえも脱力しながらも、呆れて見ていた時に美しいジャズメロディーが響き渡った。



「う……わかった、わかったから!」

 いつに無く、焦りながら携帯で話す京一をエンペラーメンバー達は見ないように、聞かないように(いわゆる猿のアレである)闇に潜んでいる。
 仲良く草原を探検したり、花を眺めたりしている。

 先ほど和巳から受けた言葉での男心の痛みを優しく慰めあい、励ましあいの気持ち悪いながらも微笑ましい光景を繰り広げていた。

 清次も二人に「取り込み中だから、スマン」と謝り、エンペラーメンバーと同じく猿状態となり、幸せそうに空を眺めて異世界へと行った。





「――――埼玉だ……ちょっとな……」

 言いにくそうに低く語る京一の言葉を繁も和巳もきょとんとして聞いていて。

「すぐ帰る! そんなんじゃねえ……涼介……!」

 その名を聞いて。

 繁も和巳も理解した。
 この栃木からやってきたランエボ軍団のリーダーは、プロジェクトDの指揮官、高橋涼介の件でここにいると。

「……そうだ……、は? ……マジか……」

 溜息を吐いた京一が繁と和巳に向かって歩き出した。
 二人、緊張しながら京一を見ると、顔が憮然と何やら赤い。

「お前らと話したいと……スピーカーにしてある」

 差し出された携帯から、涼やかな声が流れ。事態が飲み込めずに、虚を衝かれた二人の耳に届いた。

「……高橋涼介だ、この間はどうも……」

「―――――どうも……」

 ペコリと頭を下げ、二人で携帯に何故か素直に挨拶してしまう。

「 俺 の 男 が……俺の身の心配をしすぎて……悪い事をしたみたいだな……」

 耳から脳に伝わるまでに、恐竜なみの時間がかかったが。和巳と比べれば、繁はより時間がかかったらしい。

「……って……やっぱ……」

 和巳が呟いて、京一を見上げてみれば口元を手で抑えて、気まずい表情をしている。隣で清次は己の立場をわきまえて、猿のまま空を夢見るような顔で見ている。

「普段は冷静な京一が、そこまでするのは…… 俺 を 愛 す る あまりなんだ……この間の事と引き換えと言ってはなんだが……京一の 俺 へ の 愛 に免じて……水に流してもらえないか?」

 驚愕がまだ解けずに。二人は空を見つめるが。

「まあ……でも、本当にびっくりしたよ、和巳が辱めを受けてるんだと思っちゃったもん」

と、繁が何の気無しに言ったが早いか、携帯から絶対零度の異様な空気が流れたのが早いか。

「ちょっと待て! 俺は……」

 京一の見事に驚き慌てた様子もなんのその。携帯から低く、くぐもるような子安声が響く。

「――――――……京一……」

「涼介! 誤解すんな! 俺は肩を外そうとしただけだ!」

「肩を…………外して……抵抗させなくして……辱めたのか……」

「違う―――――!!」





 そのやりとりを呆れて見つめながら、二人が脱力しながらも繁が思いついたように言った。

「あ、魚は大丈夫かな? ちゃんと氷も水も入れたけど、乱暴に運転してたらあちこち傷ついちゃうよ」

「そうだ! 京一……魚は……」
 
 辱めへの誤解は。
 亭主が女房に浮気の言い訳をするように、京一の必死の説得でやっとのことで解けただろうが、今度は魚の心配を涼介はしだした。

「ちゃんと箱をくくってある、心配すんな、美味い魚を食わしてやる」

 その京一の言葉に、和巳がクスリと笑った。

「なんだ……馬鹿見てえ……結局、馬鹿ップル二組じゃん」

 クスクス髪を掻き上げて笑う和巳に、繁の目許も緩む。

「うん、あの人真剣に魚選んでたよ、凄く大事な人に美味しい魚を食べさせたいんだって言ってた」

 その声は、京一のマンションの部屋から携帯を掛けている涼介の耳に届き。

「――――――そんな事を……京一、そんなに 俺 の 事 を ……嬉しい……京一……」





 乙女化して赤い顔で微笑んで、切なげに眉根を寄せいる。

 ただ―――――鼻息は荒いのだが。

「まあ……な……」

 京一はちょっと怒ったような、けれども仕方ないなと言う顔をしている。

「……すぐに帰るからな……大人しく待ってろ……」と。

 腰砕けになりそうな、とんでもなく優しい声で囁いて京一は電話を切った。

「悪かったな……まだ痛てぇか?」

 繁の肩を借りて立ち上がる和巳に、京一が目を細めて口を開いた。

「あ……いや、元は俺らの馬鹿なんだ、肩は……もう大丈夫だ……けどさ……」

 和巳の言葉に京一の片眉が上がり、繁の目が純粋に向けられる。

「アンタ、本気で痛めつける気なかったろ? あんな優しいやり方でやってんだから……」

 京一を繁が不思議に見つめる。

「―――――さっき、その……魚屋の奴が言ったのと同じようなもんだ」

 気まずさ全開で京一はぶっきらぼうに言った。

「……俺には花は手折る趣味は無い、愛でる方が好みだ」

 繁の顔がぱあああと明るくなって。

「やっぱ和巳が美人だからだよう〜」と叫び。

 和巳は和巳で、

「ちょっとこのロマンチストっぷりは、繁と同等クラスじゃねえ??」

と引き攣りながらも照れた。

「……そっか……アンタの花によろしく」

 和巳の言葉に。

「早く魚を食べさせてあげてくださいね! お客さん! あと、この間のお兄さん! 婆ちゃん助けてくれてありがと!」

 繁の陽気な言葉に。

 京一は苦笑して手を挙げる。
 清次は「見猿、言わ猿、聞か猿」状態から人間に戻って目を嬉しそうに細めて「おう! 魚美味かったぜ!」と笑顔で答え。

 ぞろぞろと闇から出てきたエンペラーメンバー達も、猿から人間に戻って訳がわからずとも京一の動向を見守り。

「いや〜、あの魚屋の奴も悪い奴じゃなかったし、大事にならなくて良かったぜ、京一ィ」

 清次の言葉に京一も口端を緩めて頷き。

「さあ、帰るぞ!」と、京一の掛け声に。

 一斉に自身のランエボに駆け出した。




 唸るエンジンを轟かせて、土坂峠を走るランエボの集団は。

 先頭を繁のエボX、そして和巳のエボY、その後を京一のエボVが悠々と走り。
 清次のエボW、そしてエンペラー達のランエボが次々に連なり、峠を駆け下りていった。
 厳つい外見を持つDEGIDOGの群れ達の、穏やかに峠を走るさまは。
 どこか絵本を見るようなノンビリした光景を思わせたのだった。



 氷を保冷ケースに詰めて、魚を丁寧に包んで入れて。
 品物を差し出した繁の手は冷たいまま、受け取る京一の温かい手に触れた。

「はい、お客さん、いい夕食を!」

「悪いな……助かった、ありがとう」

「いいえ、またごひいきに!」


電話する和己
2008,3/20 end Thanks!mifuyu sama!


[MENU]

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -